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人もモノも足りない、だからこそ離島はおもしろい。九州・甑島(こしきじま)の魅力を発信する「山下商店」の軌跡と今後

いつも画面越しに見ているネットショップのむこうには、想いのつまった“モノ”とそれを届ける“”たちがいます。このコーナーでは、知られざる商品開発ストーリーやお店の裏側に迫る現場レポートをお届けします。
今回ご紹介するショップ
鹿児島県薩摩川内市、東シナ海に浮かぶ「甑島(こしきじま)」で、島の食材を生かしたさまざまな加工品を販売。また、同店を運営する「東シナ海の小さな島ブランド株式会社(island company)」は、人口1,000人ほどの小さな集落で豆腐店やベーカリー、宿泊施設などを立ち上げ、地域文化や環境を活かし未来へつなげていく取り組みを行っています。
今回では、代表を務める山下 賢太さん、通販事業部の平川 晴美さんに、島の特徴や個性を生かしたECサイト運営や、今後の事業展開についてお話を伺いました。

島の日常や価値観を伝えられるECサイトへ

さっそくですが、山下商店さんがECサイトを立ち上げた経緯について教えてください。

山下さん
初めて立ち上げたのは今から14年ほど前、まだ会社としてではなく僕個人で農業をしていた頃です。
当時は島内の耕作放棄地を再生しながらお米をつくっていたのですが、ただモノを届ける通販というよりは、米づくりのプロセスが可視化できるような仕組みにしたくて。それで「注文してから10ヶ月間は商品が届かない」という形のECサイトを運営したんです。
ただ数年前にそのサイトが役割を終えて閉店して以降、コロナ禍が始まるまでEC事業はほとんど手つかずになっていましたね。

コロナ禍がきっかけでECサイトを本格的に動かしだしたのですね。

そうですね。観光事業での収益がゼロになってしまった中で、本来なら観光客の方に手に取っていただけるはずだった商品をECサイトで販売することにしました。無料カートサービスで急いで立ち上げたECサイトだったので、応急措置としては非常に助かりましたが、会社のビジョンを考えたとき「このままでいいのだろうか?」と疑問が生じてきてしまったんですね。

甑島で生まれ育った代表・山下さんは、島内でさまざまな事業を展開

“ただモノを売るだけ”のやり方ではこの先厳しくなるんじゃないか、と思ったんです。

この島にある僕たちの日常や、大切にしている価値観をもっとしっかり伝えられるようなサイトを運営したかったので、アフターコロナのことも見据え、カラーミーショップに移行する形でサイトリニューアルを行いました。

平川さん
私が入社してEC事業にジョインしたのはちょうどリニューアルの終わったタイミングでした。
入社当初は島内の各拠点を回ったり、カフェレストランの運営をしていましたが、山下に「ECサイトの担当者になってみないか?」と声をかけられ、まったくの初心者だった私がEC運営全般を任せてもらった…という流れですね。

パートナーと一緒に甑島へ移住した平川さん。現在は夫婦ともに同社で働いている

「食卓から逆算した商品づくり」が成功

甑島へ観光に訪れる方は多いのでしょうか。

平川さん
春夏は多くの人で賑わいます。といっても沖縄や屋久島などのように観光に特化した島ではなかったので、あらゆるものが不足気味です。観光シーズンは島内の限られた宿泊施設が満室になったり、観光客の方の食事が足りなくなってしまったりするほど混雑することもあります。
島へのアクセス方法は船のみなので、帰省ラッシュとも重なるお盆の時期は、あらかじめチケットを取っておくために半日以上並ぶ方も多いんですよ。

それはすごいですね……! 秋冬は比較的落ち着きますか。

平川さん
そうですね。「鹿児島の離島」というと南国らしい温暖さをイメージされる方も多いですが、甑島の冬は北西風がとても強いので、島民の方も自宅での手仕事が増えて、とても静かな時間が流れます。

ECサイトの売れ行きにも季節ごとの変動はありますか?

平川さん
島でとれた農産物や旬の商品なども一部扱っているので、若干の違いはありますね。
たとえば甑島の新玉ねぎを使った「玉ねぎドレスソース」という商品は、生活研究グループという島のおばちゃん特製の手作りドレッシングなのですが、これが大人気でリピーターさんも非常に多いんです。春から夏にかけてはこれが一番の売れ筋で、ドカンと売上を伸ばしてくれる心強い存在です。

商品開発も行っているんですね。

山下さん
創業当初から自分たちでジャムやドレッシングを作っていたので、徐々に本格的な商品開発も行うようになりました。甑島は多くの方が知るメジャーな島ではありませんから、「特産品としての商品づくり」ではなく、全国の食卓で甑島のものが求められる状態をめざして「食卓から逆算した商品づくり」を進めていきました。

輸送にはコストがかかるし大きな工場も作れない。なので自分たちで島外へ届けていくというよりは、島へ来た方に手に取ってもらうおみやげとして商品展開し、今では少しずつ本土の雑貨店やセレクトショップなどにも置いていただけるようになりました。

日常の食卓になじむ商品づくりを行ったからこそ、島の外へも自然と広がっていったんでしょうね……!

素朴であたたかなライフスタイルを発信

先ほど「観光に特化していない」「メジャーではない」との言葉もありましたが、甑島の魅力や個性について、お二人はどのように捉えていますか。また、それを発信する上で心がけているポイントがあれば教えてください。

平川さん
今でこそネット通販も普及してきましたが、甑島では「自分たちで食べるものは自分たちで育てる」という価値観が今も当たり前のこととして根付いているので、どこのおうちにも畑があります。道を歩いているだけでも地域のおじいちゃんおばあちゃんが次々に野菜を分けてくれて、両手いっぱいに持って帰ることもしょっちゅうです(笑)。

誰もが憧れるかどうかはわからないけれど、そんなほっこりとした日常風景や、人とのあたたかい距離感こそが甑島らしさだと思うので、それが伝えられるようなコンテンツを作りたいと思っています。

山下さん
先ほど平川も言ったように、特に本州の方には「鹿児島の離島=南国」とイメージされやすいですが、甑島は観光地ではないので、いわゆる“わかりやすさ”がないんです。なので沖縄みたいにある程度イメージのできる島とは戦い方が違ってきますよね。

甑島では仕事と暮らしが非常に密接しているので、そういった日常の暮らしやライフスタイルをありのまま届けつつ、僕らの発信を一方通行にしないことにも気をつけています。あくまでお客さま目線で言葉や写真を届けることで、「もっと知りたい」と思ってもらえるよう模索しながらやっているところです。

島民のみなさんとの関係性をよりよく保つために心がけていることはありますか。

山下さん
自分たちだけが活気づいても島のみんなは幸せにならないので、島全体でみんなと一緒に幸せになっていきたいですよね。地域に喜ばれる事業をして、その上で自分たちも喜んで生きられる方法をどう作っていくべきか?と常に考えています。

実店舗に並ぶ、自社商品や島内事業者のみやげものたち

実は平川も含め、当社のスタッフは今や半分以上が“移住組”なんです。
僕のような島生まれの人間は、自分の顔と名前より先に「〇〇じいさんの孫」とか「〇〇建設の跡継ぎ」として、誰かが築いてきた信用と関係性の中で育っていきます。でも移住組の彼女たちには信用のベースがないので、「鹿児島から来た物好きな子」「こんな田舎に来てくれた、ちょっと変わってる子」と覚えてもらうしかなくて。

ああ、なるほど……。

山下さん
なので、これからは山下商店というお店やブランドそのものが、新たに移住してきてくれた人たちの信用を担えるようにしていきたいですね。「〇〇じいさんの」「〇〇建設の」と同じように、「山下商店の平川さん」と覚えていただけるように、ていねいに関係性を作り上げていきます。

離島がこれからのECをおもしろくする

今は高齢化や若者の流出が進む離島や地域が増えていますが、ネットやECがこうした課題の打開策となりうる手応えは感じられますか。

山下さん
そうですね。売上規模で言えば僕らはまだまだこれからですけど、EC事業の最大の強みは多様な働き方をデザインできることだと思うんです。
「地方で働く」といえば農業や林業、漁業などのイメージが根強く、一方でデスクワークやECサイト運営といった仕事は少ないのが現状です。そのため結婚して子どもが生まれたり、親の介護が必要になったりと、さまざまな事情で仕事を続けたくても続けられない…といったケースも多く見られます。

もし子育て・介護の合間に自宅で働けるようになれば、会社としての総合力を高めていけるだけでなく、若い人たちが島を出ていかずに済む理由にもなります。
かつては実店舗運営の片手間でやっていたECサイトをここ数年で本格化させたのも、実はそれが動機の一つでした。うちのスタッフにはまだ若い子が多いですが、今後彼らの人生に節目が訪れても、会社としては「辞めない」選択肢をきちんと用意しておきたいし、これがうまくいけば他の離島や地域の希望にもなっていくんじゃないかなと。

島で生まれ育った若い方はもちろん、島外から移住してくる方にとっても、働き方の多様性が広がることは魅力ですよね。

本土にはない、離島のECからでしか発信できない価値とはどんなものだと思いますか。

山下さん
島の数だけ答えはありますが、離島のおもしろさは「モノが届かない」、そして「思い通りにモノを届けられない」ことにあります。海に囲まれていれば生産規模の拡大は難しいし、原料も商品も人手も足りません。でもその足りなさをおもしろがれるかどうかが離島の魅力につながるんじゃないかなと。

今日注文したモノが明日には届く便利さについつい慣れがちですが、そうとは限りませんよね。

山下さん
離島はまさにその逆。台風が来れば船は出ないし、行きたくても行けないし、物流も遅れます。鮮魚を届けたくても、海が荒れてしまったら漁場に行くことすらできません。でも本来はそれが自然で、当たり前のことですよね。
現代の物流はそういった自然の不都合にも耐えうる事業者しか生き残れないビジネスゲームになっているから、僕はいつかこれを逆転させたいと思っているんです。

必ずしも思い通りには届けられないけれど、都会にはない風景があって、そこに暮らす人たちがいます。ただモノを送り届けるだけではなく、そんな物語も一緒に感じてもらえたら嬉しいし、「いつか行きたい、会いたい」と思ってもらえる共感型のECを作れたら、これからの日本のECをおもしろくする一助になれる気がしています。そんな世界を作りたいですよね、カラーミーショップさんとも一緒に。

少しでもそのお手伝いができれば、私たちもすごく嬉しいです。

「離島の地域商社」としての展望

今後の目標についてもぜひ聞かせてください。

平川さん
まずは求めている方にお届けできるようにアクセス数を伸ばしつつ、サイトに足を運んでくれた方に商品の背景にある物語をしっかり伝えられるよう、取材を重ねて新しいコンテンツ記事を増やしていくことが私の当面の目標です。

今も毎年約1.5倍ずつ成長できていますが、山下は常にその倍を求めるので(笑)どうせなら他の離島の方たちにも「甑島でやってるなら自分たちもできそう」と思ってもらえるくらい売上を伸ばしたいですね。

山下さん
今はあくまで甑島を中心としたサイト運営をしていますが、僕らの会社名は「東シナ海の小さな島ブランド株式会社」なので、いずれは種子島や沖永良部島といった鹿児島県内の他の離島にもフィールドを広げていくつもりです。“離島の地域商社”としての役割を担えるECサイトにしていきたいし、全国の島々、特に若い人たちのチャレンジを僕らが掬い上げ、ECサイトを通じて物語を届けていくことが中長期的な目標です。
そのためにもまずはこの甑島というフィールドから売上を伸ばしていくことで、次の事業展開を行える体制を整えたいと考えています。

ありがとうございます。最後に、これから離島でECを始めようか迷っている方へ、一言アドバイスをお願いしたいです。

山下さん
どんなECサイトを運営したいかによっても届き方が変わるので一言では表しづらいですが、単純に「実店舗の売上が伸びないからECを始めたい」というのなら、まずは実店舗をしっかりと改善したほうがいいんじゃないかな。実店舗がよくなければ結局ECもうまくいかないと思うから、売上改善のためのアプローチを見直してみてほしいです。

でも、やっぱり一番は「習うより慣れろ」ですよね。お客さまから教えていただける学びもたくさんあるのであまり迷わずに始めてみてほしいし、世の中に伝えたい・届けたいものがあるのなら、やったほうがいいと思います。島内外にファンが増えていくことを信じてチャレンジしてみてほしいですね。やめるときはいつでもやめられるんだから。

本日は素敵なお話をありがとうございました!

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