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挑戦し続けるのは老舗だからこそ。創業300年「笹屋伊織」のネットショップ改革と次世代へのバトン

いつも画面越しに見ているネットショップのむこうには、想いのつまった“モノ”とそれを届ける“”たちがいます。このコーナーでは、知られざる商品開発ストーリーやお店の裏側に迫る現場レポートをお届けします。
今回ご紹介するショップ
京都御所や神社仏閣、茶道家元の御用達として1716年に創業した和菓子の老舗。ネットショップやSNS、リアルイベントなどを通じて和菓子の魅力を伝える姿勢が評価され、「カラーミーショップ大賞2020」では優秀賞を受賞しました。今回は広報担当の片山 祐美さんに、ネットショップ運営に関するお話を伺います。

創業300年の老舗がネットショップを始めるまで

はじめに笹屋伊織さんの歴史について教えていただけますか。

弊社は1716年に創業した京菓子のお店です。1716年というと『暴れん坊将軍』でおなじみの徳川吉宗が八代目将軍に就任した年ですね。

もともと伊勢国の城下町・田丸でお菓子作りをしていた初代がその腕を認められ、京都御所からの御用を受けるため京都に呼ばれたのが始まりと聞いています。以来、上生菓子屋として、御所はもちろん神社仏閣、茶道のお家元などのためだけにお菓子を作り続けてきました。現在では、百貨店やネットショップからどなたでもお買い求めいただけるようになっています。

いわゆる「一般の方」が笹屋伊織さんのお菓子を買えるようになったのはいつ頃からでしょうか。

古い資料に残っている江戸時代の店の絵を見ると、今のようにお菓子をずらりと並べてはいないんです。お店に入って「これ、ください」とすぐに買えるお菓子は作り置きしていない。冠婚葬祭の特別な機会に、大切な方への贈答用や来客をもてなすお菓子として、お客さまのご要望に合わせてオーダーメイドでお作りするのが主流だったようです。いわゆる「一見さんお断り」ですね。
そんな中、代表銘菓「どら焼」を月に一度だけ販売し始めた大正~昭和にかけて、少しずつ一般のお客さまも入ってこられるようなお店になったと聞いています。

円柱型の「どら焼」は歴史ある代表銘菓

そうした長い歴史から見ると、ネットでの販売が始まったのも大きな変化のひとつかと思います。カラーミーショップを利用される前からネットショップは運営されていましたか?

以前は外部の会社に制作・受注作業を委託する形で運営していました。
カラーミーさんからしたら信じられないことかもしれませんけど、当時は受注伝票データがFAXで届いて、そこからうちの事務スタッフが一生懸命手打ちで送り状を作るっていう…….デジタルで届いた注文をアナログ化して、もう一度デジタル化してたんですよ。もう何やってるんだろうって(笑)。

片山さんが入社されたのはその頃だったんですか。

女将とは以前から知り合いだったんですが、「うちのネットショップをなんとかしてほしい」とご相談を受けたのが入社のきっかけです。

片山さん(写真左)と、女将の田丸みゆきさん(同右)

当時のネットショップは “とりあえずやってるだけ” で力も入れていない状態でした。まだまだ伸びる可能性があるから本格的にやっていこうということで、デザインリニューアルとカラーミーショップへの移転を決めました。

なるほど。カラーミーショップを選んでいただいた理由は何だったんでしょう。

それまで弊社のネットショップは、私たち自身の手で運用できず、商品の入れ替えをひとつするのにも外部の会社に毎回依頼しなくてはならないのが大きなストレスでした。なのでまずは、商品登録や入れ替えをある程度自分たちで行えるようにしたかった。それと普段の受注・発送業務はパートさんにお願いすることが多いので、受注作業のオペレーションがわかりやすく、何か困ったときのサポート機能が充実していることも重視しました。
こういった条件に一番当てはまるのがカラーミーショップで、知人たちに聞いてみても評判がよかったのでここに移転しようと決めました。

ありがとうございます。実際にお引越しをしてみて変化はありましたか。

変化はかなり大きかったですね。それまでは電話でのお問い合わせや注文が多かったですが、ホームページやネットショップを作り直したことで電話対応がかなり減ったように感じます。それに百貨店内のお店でも、ネットショップの商品ページをスタッフに見せて「これください」と言ってくださるお客さまが増えたので、カタログ代わりとしても使っていただけているようです。わざわざプリントして持って来られる方もいるんですよ。

守るべきものは守りながら、新たな挑戦は止めない

ネットショップはどういったコンセプトで運営していますか。

スタッフ間ではいつも「実店舗よりも丁寧、親切であろう」と呼びかけています。
顔が見えなくて直接お話できないからこそ、わかりやすい商品ラインナップでシーン別の提案を行ったり、注文確定メールやお問い合わせにもとにかく倍のテンションで対応したいなと。

ネットショップの利用者はどういった層が多いのでしょうか。

企業の方はお手土産として、個人の方はギフトだけでなくご自分用に買っていかれる方も多いです。
ショップのリニューアル当初は、結婚・出産などで内祝いなどのシーンが増える30~40代女性の利用を想定していましたが、思った以上にかなり幅広い層にお買い求めいただけています。

商品を入れ替えるときの写真撮影やライティングはどなたがされているんですか。

カメラマンさんに撮ってもらったり、わたしが撮ることもあります。

どの写真もキレイなのでカメラマンさんとの違いがわからないくらいです…!

もともとカメラマンのアシスタントとして働いていて、そのあと新聞社や企画会社に行ったり、雑誌編集の仕事もしていたので、今考えればネットショップ運営のスキルは全部もらっていたのかもしれません(笑)。

撮るのも書くのもプロフェッショナルなんですね! ひょっとして「帰れなくてごめんねセット」などの商品名も片山さんが……?

そうなんですよ。実はコロナ禍がきっかけで作った商品じゃないんですけどね。

以前からあった商品なんですね!

はい。遠方に暮らしていたころ、仕事が忙しくて実家に帰れない時期があったんです。
代わりに何か実家に贈りたいなと思っても、お中元でもお歳暮でもないし、どんな言葉で熨斗をかけたらいいのかわからなくて。きっと同じ気持ちの方はたくさんいらっしゃるんじゃないかと思って、だったらズバリ「帰れなくてごめんね」って書いたほうがわかりやすいかなと(笑)。

両親に何か贈るのってちょっと気恥ずかしいし、お中元やお歳暮だと変にかしこまってしまいますもんね。

発売開始当初はなかなか売れず、失敗した~!と思いましたが、徐々に売上が伸びてきて、特にこのコロナ禍では多くの方に喜んでもらえました。後日お電話やメールで「両親が喜びました」と言っていただくこともあり、嬉しかったです。

ちなみに……失礼な質問かもしれませんが、300年も続く和菓子屋さんで、こういったかわいらしくてキャッチーなネーミングをつけることに反対はされませんでしたか?

いえ、うちは割と女将のほうが「堅苦しいのは嫌だ」と言うことが多いですね。
女将は「300年も続いているのは、そのときそのときの当主が新しいことにチャレンジをしているからだ」といつも言っています。守るべきものを守ることと、新しいことへの挑戦をしっかりと棲み分けながら進んできたからこそ、300年の歴史を守ることができた。だから新境地へのチャレンジは絶対にやめちゃだめなんですよね。

業界の“暗黙のルール”に風穴を

「おもてなし講座」やトークショーをはじめ、女将さん自身も発信活動をされていますよね。こうした活動にはどういったきっかけが?

実は、和菓子屋さんって男性中心の社会なんですよ。社長は前に出ることが多いのですが、老舗の和菓子屋の中で「女将」と名乗りだして前に出たのは、うちの女将が初めてだと言われています。

へえ! むしろ女性中心の社会だと思っていました……。

旅館業界などは「女将」が中心なんですけどね。
和菓子屋さんの会合にも暗黙のルールがあって女性は長年入っていけなかったみたいです。そんなルールを気にせずにうちの女将が入っていって、それを社長も「どんどんやればいい」と許してくれています。

もともと女将が講座を始めたのは、お店に来てくださった修学旅行生にいろいろお話していたのが始まりだと聞いています。「もっと聞きたい」といった声を多くいただいて、もう10年くらいは続いてるんじゃないかな。店舗併設のカフェで開催しています。

そうだったんですね。マナーを学べる機会って意外と少ないですし、カフェでカジュアルにお話を聞けるなら参加しやすそうです。

割と若い方に多くご参加いただけてるので、すごくいいですよね。
和菓子には古来から願いごとや祈りが込められていることが多いんですけど、そういった文化を伝えることができるライフワークとして、女将も張り切っていますよ。

コロナ禍の中でイベントは開催できましたか。

2020年は開催できなかったものも多いですね。
ですが、7月に新店舗「別邸」をオープンしたのに合わせて、職人が目の前でわらび餅作りを実演するイベントは開催しました。これからは職人とお客さまの接点をもっと増やしたいと考えているので。

YouTubeでも「上生菓子キット」の作り方を職人さんが解説していますよね。

あの動画、職人は大喜びなんですよ。和菓子の職人って……特に老舗の職人はいつも暖簾の向こうにいて、あまり表に出ることがないので、ああいった機会に見ていただけるのは職人としても嬉しいみたいです。

カラーミーショップ大賞の授賞式でも、一緒に受賞を喜んでくださったのが印象的でした。職人さんたちはネットショップをどのように見ているのでしょうか?

最初は「本当にネットで見に来るの?」って言われましたね(笑)。職人のうち何人かはまだガラケー持ってるくらいですから。でもコロナ禍の中で百貨店が休業して、職人たちもその時期は仕事が少なかったのですが、ネットショップでたくさん注文が入ったと伝えるとすごく喜んで作ってくれたんです。

緊急事態宣言が出てからは皆さん在宅されているので、柏餅やちまき、水無月など、通常日持ちのしない朝生菓子も発送できました。それをきっかけに、職人さんたちも「これもネットショップで売ったらどう?」とか声をかけてくれるようになって。

社内でもネットショップの評判、地位が変化してきているんですね。

そうですね。今まで社内ではあまり注目されていなかったんですけど、ネットショップのもつ可能性が認知されて、応援してくれるようになりました。カラーミーショップ大賞の受賞も、転機の一つだったと思います。

和菓子に込められた日本古来の願いを次の世代へ

ネットショップ運営の今後の目標について教えてください。

まずは売上をもっと上げられるような仕組みと体制は整えていきたいですね。たとえば、うちは熨斗紙に関するお問い合わせがとても多くて。こういったシーンでは何を書けばいいのかとか、そもそも熨斗って何ですか?とか。老舗としてはそれにきちんとお答えできるようにしないと。頼れるお店としての立ち位置は確立したいですね。

それから、近々Instagramからも商品を購入できるようにしたいです。
うちは他にFacebookもやってますけど、Instagramに載せたときのほうが売上の動きはいいので、カラーミーショップの「Instagram連携アプリ」を活用する準備を今進めているところです。

最後に、今後「笹屋伊織」として目指すものは何でしょうか。

先ほど少し触れましたが、古来から和菓子には人々の祈りが込められていることが多いんです。たとえば柏餅は子どものすこやかな成長、水無月には無病息災の願いが込められています。日本の人々が昔から大切にしてきた和菓子への思いをきちんと後世へ伝えられるようにしていきたいですね。

女将さんはネットショップにどんなことを期待されていますか。

女将は「和菓子を通じてさらに京都をアピールしてほしい」と言っていますね。女将おすすめの詰め合わせ商品なんかも毎月出していけたらなと計画しています。

うちの「どらやき」って昔は京都の人だけが知っている商品だったのに、今では全国で楽しんでいただけるようになって、私たちとしてはどこか “大切な娘がお嫁に行く” かのような気持ちなんです。なので今、全国各地の名所と一緒にどらやきを写真撮影していただけるような参加型キャンペーンを考えています。それを通じて私たちが全国発送に対応していることのアピールにも繋がればと。

かつては限られた方しか楽しめなかったお菓子が、300年後には全国からいつでも買えるようになるなんて、なんだかロマンがありますね。

300年前の職人たちからしたら、とても信じられないことでしょうね(笑)。
逆に、300年前のようにオーダーメイドのお菓子をネットショップで承るなんていうのも、新たにチャレンジできたらおもしろいなと思っています。

笹屋伊織さんの次の300年がとても楽しみです。今日はありがとうございました!

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