今回は同社の竹内 和弥さんに、民芸品のEC展開と戦略について伺いました。
卸売業メインの会社でのEC立ち上げ
株式会社一千乃について教えてください。
張り子というと、おじいさんが手作りしているイメージがありますが、弊社はベトナムに自社工場を作って150〜200名ほどの職人を育てています。OEMもやっていますし、全国の神社への卸も8割を担っています。輸出している張り子も半分はうちのものだと思いますね。基本的に卸売業がメインの会社です。実店舗もありません。
卸売業がメインであるところから、一般消費者に向けたECを始めたのはなぜですか?
私が入社する前から、前時代的なホームページはあったんです。管理する人もおらず閉鎖するのは簡単でしたが、世の中がECにシフトする中でサイトを閉じるのは悪手だと感じました。そこで、忙しくなることを承知の上で、私が続けることにしました。
もともと、フリーランスのデザイナーとしてウェブ制作を生業としていたため、神社仏閣向けのPOPや箱のデザインをする傍ら、WordPressで手作りのECサイトをつくるところから始まりました。売上は数千円〜数万円という小さなスタートでしたが、今では当社の重要な柱のひとつとなっています。
デザイン業務との兼任だと忙しくなりますよね。
毎日データを見る日々が続くことになりましたね。でも、民芸品を細く長く売る、そういう会社があってほしいという気持ちから入社したので、ECを通じてロングテールで売りたかったんです。できれば、別の人にやってほしかったですけどね(笑)。
伝統にこだわらずに間口を広げる
そんなECサイトですが、現在もおひとりで運営されているのでしょうか?
ついこの間まではひとりでした。商品をつくるところから、発送から、メールから、全部やっていましたね。商品づくりは部署が違うんじゃないのかなと思うんですけど(笑)。最近は新しいスタッフが入って、ふたりでやっています。中小企業は世代交代が進まないことがよくあるので、どんどん新しいスタッフにやってもらうことにしています。
民芸品を細く長く売りたいということですが、ECで売る際のこだわりや譲れないポイントはありますか?
譲れないポイントはないです。ECだからといって特別なことはなくて、相手はお客さまだし、怒られもするし、謝りもするし、お願いもするというのがわかっていれば、実店舗もECも変わらないと思います。
張り子って、あってもなくてもいいものなんです。古くからの縁起物ですが、普段から神仏分離の歴史について深く考えている人は少ないですよね。張り子があるから豊かになるかと言うと、そうじゃない。金運アップなんて言いますけど、それは人間の業みたいな部分の話ですから。そういった話ではなく、「こんなものがあるんだ」という感じで、気軽に楽しんでもらうぐらいがちょうどいいと思っています。
例えば、ハローキティに口が描かれていないのは、感情を押しつけないためだと言われています。張り子も同じように無表情なんですよ。張り子に魂を入れるのはそれを手にした人自身で、その人がかわいいと思うから、死んだ目をした人形に初めてかわいいが発生する。
死んだ目ですか(笑)。
今、笑っていらっしゃいますけど、そうやって笑顔を引き出せたら成功です。うちは「笑顔をつくる」というのがモットーなので「なんだこれ?」って笑って、それで張り子を知ってもらえたらいいと思っています。私はそういうスタンスで売っていますね。だから、真剣に伝統を守ってきた社長からの反感は買いますよ(笑)。
間口を広げたことで自分たちが作ったものを邪険に扱われたら嫌かもしれないけど、それとて、手に入れた人の自由ですよ。「うちは伝統があるからこうなんです」って決めつけているお店って多いですけど、買う人には関係ないじゃないですか。むしろ、たまたま手にしたものに300年の歴史があったという方がおもしろいと思います。
ECでは伝統にこだわらず、まずは興味をもってもらうのが目的なのですね。お客さまはどのような層が多いですか?
狙っている層は30代後半〜50代ぐらいの女性です。商品づくりもそれぐらいの層を設定していますが、実際は5〜7歳ぐらい下にシフトしてきています。年齢を重ねたときに張り子を「いいな」と感じてもらうには、若いうちから関心のある人を増やさないといけないので、間口を広げたことでその部分が作れたのは嬉しいですね。
なるほど。ターゲティングがお上手ですが、どのような調査をしていますか?
まとめ買いをしてくれたお客さまがいたら、誰にあげるのかとか、ラッピングや熨斗がけのサービスもしているので、何のお祝いなのかというニーズを見ています。あとは、深夜に購入した女性がいたら、同じ年齢層の方にヒアリングして、お子さんがいると家族が寝静まった夜中の1時間しか自分の時間がもてないと聞いて、そこにあてはまるなとか、どこに住んでいるとか。そういったペルソナ設定はしていますね。
かなり詳細に分析されているのですね。
はい。さらに、自己表現が好きな層に向けた「白仕上げ」という無地の張り子も作っています。自分で張り子に絵付けができる商品で、お客さまが作品をSNSで共有することが私たちにとっては宣伝になります。ピカソの絵が高額でも、キャンバスそのものが大きな利益を生むわけではないのと同じで、白仕上げもその上に描かれたアートの方に価値はあるのですが、キャンバスを提供すること自体がベースの確保にもなります。
それが若い年齢層の購入につながっていると。
そう思います。少し斜めからの視点ですが、彼らが作品について誰かに尋ねられたときには、背景にある張り子の伝統や歴史を語ることで、知的さの演出にも役立ちます(笑)。そういった斜めからの視点を含め、顧客層にどう響かせるかは考えていますね。
ECサイトのほっこりとした印象からは想像がつかないお話でした。
弊社はOEMもやっているので、指定の絵で100個や1,000個の発注が来ます。神社にも何千、何万という数の商品を卸していて、業界内の生産体制では一強と言える状態ですが、ECサイトではそういった商売っ気を出さずに親しみやすいアプローチをしています。
「あってもいい」と「なくなったら寂しい」を保ち続ける
同じように、民芸品のECを始めたい方にアドバイスをいただけますか?
まずは自社の強みを深く考えて、何を提供できるか、何がおすすめかを分類してみてください。分類したものを外部サービスと照らし合わせれば、予算内で最良の方法が見つかると思いますよ。とりあえず、カラーミーショップのようなプラットフォームを利用すれば、低コストで運営できますよね。
あとは、顧客層を考えて決済の種類や発送方法は多い方がいいとか、送料については無料ラインを設定した方がいいとかあると思うので、いったんやってみて精査していくのがいいと思います。
ありがとうございます。最後に、ECサイト運営で今後はどのようなチャレンジをお考えですか?
最初にお話したように、細く長くというロングテールのアプローチと、張り子の「あってもいい」と同時に「なくなったら寂しい」という状態を保ち続けるにはどうしたらいいかを考えています。懐古主義には陥らずに、新しいものをつくることで張り子が残る。張り子が残り続けるために新しいものをつくる、でもいいですし。ずっと好かれるのって難しいですよね。
ネットでおみくじが買えても、神社を訪れる体験とともにおみくじを引くように、商品を購入する際には体験が重要な要素になります。ECサイトにおいても、どのようにしてそのような体験を提供できるか。個人的にはVR方面とも張り子の人形は相性がいいと思います。ECは現在のサイトだけではない空間へと変化する時期に差し掛かっている感じがしますね。
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