3代続く農家と商品プランナーが意気投合
まずは、杏里ファームさんの歴史について教えてください。
椛島さん:
はい。農業を始めたのは私の祖父で、当時はお米、それから畳の原料である「い草」の生産を行っていました。やがて事業を拡大してフルーツ栽培を始めたのは私の父からで、初めて着手したのは南国フルーツでした。最初はドラゴンフルーツ、やがてマンゴー。ジェラートの製造・販売も、この当時から始まったものです。
ジェラートの生産・販売を始めたのはなぜですか?
椛島さん:
ここ柳川は古くからの観光地なんですよね。ジェラートなら観光で訪れたお客さんにその場で提供して楽しんでいただけるし、規格外品で作れて通年食べられる、といった理由でした。
なるほど。
椛島さん:
とはいえ、はじめは思ったように売れない状況が続きました。
そんな中、うちの両親が「九州ちくご元気計画」という厚生労働省のプロジェクトに参加しまして、そこでたまたま巡り合ったのが商品プランナーの浅羽さんでした。
浅羽さん:
自治体がやっている補助事業の多くは、商品自体にお金を出してもデザインにはあまり重きを置いてこなかったのですが、九州ちくご元気計画は、発起人の方の「地方の商品にもデザインを入れていきたい」という思いで動き出したプロジェクトだったんです。
椛島さんのご両親は、「安心・安全」が最大の売りだったジェラートがなかなか売れず、一体どうすればいいのか?ということで参加してこられたんです。
浅羽さんとの出会いはそれがきっかけだったんですね。
浅羽さん:
旦那さんにひととおり話を聞いてみると、自分たちのアイスはとにかくおいしくて安心だと。「それに比べたら市販のアイスなんて全然おいしくない」って言うんで、その1週間後にまたお会いするとき、僕あえて有名チェーンのアイスを大量に差し入れしたんです。
なんと。椛島さんのお父さんの反応は……?
浅羽さん:
怒り出すかと思いきや、マンゴーのシャーベットを食べて「……うまかね」と(笑)。
自分のところでも出してる味のアイス食べたって、僕ならきっとおいしくても「おいしくない」って言っちゃう。でも椛島さんの旦那さんは「これはこれでうまい」と言える人だったんです。
椛島さんのジェラートだってもちろんおいしいけれど、よその商品もみんなおいしいんです。おいしくないものを作るのなんて難しいですからね。だからこそ、どうすれば自分の商品を買ってもらえるか考えなきゃいけないって話をして。
椛島さん:
そうして父と浅羽さんが意気投合した結果、新ブランド「椛島氷菓」と、看板商品「カバ印のアイスキャンデー」が誕生した……という経緯です。
どのようにしてアイスキャンデーの開発に至ったのか、気になります……!
素朴なアイスキャンデーが「営業なし」で全国進出
椛島氷菓の立ち上げにあたり、浅羽さんはまずどんなことをされたのでしょうか。
浅羽さん:
最初はとにかく個性的なものを、と考えていました。要は「普通においしいもの」じゃなくて、なにか買いたくなる明確な理由がないとダメだろうなって。たとえばアイスクリンのような昔ながらの懐かしいアイスもいいな、とか考えていく中で、「子どもの頃にあったアイスキャンデーがまた食べたい」っていう話が持ち上がって。
うちの近所にもおいしくて有名なアイスキャンデーのお店があるんだけど、基本的には飲食店が夏場に作って店頭で売ってるものなので「一括表示(食品表示)」がつけられないんです。県内で有名なお店はみんなだいたい同じようなものでした。その点でいうと、椛島さんなら他の果樹園から受託したフルーツで製造したり、卸販売を展開していくこともできるはず。ひょっとしたらこれはチャンスかもしれないぞと旦那さんにご提案して。
ジェラート作りとはまた違った設備が必要になりますよね。
浅羽さん:
その通りです。さっそく旦那さんがメーカーを視察しに行くことになりました。
一から始めるにはいろいろとお金もかかるから、機械は借りられそうなら借りてきて、後のことはそれから考えましょうよと言って送り出したんですけど、帰ってくるなり「機械買ってきたわ」って言うんですよね(笑)。
椛島さん:
両親と浅羽さんが出会ったのは2010年の夏でしたが、10月にはアイスキャンデーの構想が持ち上がり、機械を購入して、翌年の2月にはもう実店舗を開いてしまったんです。
豪快! 決断力とスピード感に驚きました。
実店舗でテイクアウト品として提供するだけでなく、卸販売を通じてより幅広く展開できることまで想定されたんですね。
浅羽さん:
アイスキャンデーは、ジェラートに比べてコストが低いという意味でも魅力的でした。蓋付きのジェラートは容器だけでも数十円かかってしまいますが、アイスキャンデーはもっと下げられる。それに、イタリアンなジェラートって椛島さんの奥さんの素朴な雰囲気とはどうも合わなくて……。
作り手・売り手の人柄も、商品作りに影響を与えたんですね。
浅羽さん:
そうですね。内装も制服もイタリアンな雰囲気にしてジェラートのお店を始めたとして、10年後もその形を維持できるかっていうと、椛島さんたちが相当頑張らなきゃいけません。頑張って「何かのフリ」をしても、きっとどこかで素が出ちゃう。だったら自然な姿で続けていけるアイスキャンデーが一番いいと思ったんです。
そうして生まれたアイスキャンデーが今や大人気となり、最近は都内のセレクトショップでもよく見かけます。卸先はどのように増やしていったのでしょう?
椛島さん:
うちは営業を一切してなくて、完全に口コミだけなんです。全国各地から柳川に来られた観光客の方に知っていただいて、それがきっかけで「うちの店にも卸せませんか?」とお声掛けいただくケースが多いかな。卸した先でさらに広まっていくのか、大都市圏だけでなく意外と長野県の取引先が多いんですよ。松本城の近くのお土産屋さんとかで取り扱っていただいてます。
あとは百貨店さんですね。年によってもさまざまですが、博多阪急さんや高島屋さん、大丸さんとか……。
浅羽さん:
2月にお店をオープンして、その翌々月くらいには百貨店のバイヤーさん側から「卸してくれないか」とオファーが来てましたね。
デザインに後押しされながらも、商品力だけで全国へ広まっていったんですね……!
業務改善につながったネットショップ運営
ネットショップの運営はいつごろから始めましたか。
椛島さん:
アイスキャンデーを作り始めた2011年からです。
ショップ開設のきっかけについて教えてください。
椛島さん:
アイスキャンデーについて、遠方からのお問い合わせが増えてきたことがきっかけです。「遠くのお客さまも買いやすくしたいよね」と、それくらいの理由だったと思います。
カラーミーショップは開設当初からずっと利用していますが、少し前までは、お米や野菜・ジェラートを扱う「杏里ファーム」と、アイスキャンデーやそのグッズを扱う「椛島氷菓」の2ショップに分けて運営してたんです。最近リニューアルして杏里ファームにまとめたんですけど。
2つのショップを統合したのはなぜですか。
椛島さん:
農作物とアイスキャンデーでは顧客層がまったく異なることに気付いたからです。アイスキャンデーを買ってくださるお客さまにも、うちが農業主体のお店だということをもっと知っていただけるようにしたかったのが理由ですね。
なるほど。リニューアルによって何か効果や変化はありましたか。
椛島さん:
アイスキャンデーの常連だったお客さまが農産物を買ってくれたり、逆に農産物のお客さまがアイスキャンデーを知ってくれるようになりました。お中元でアイスを購入された方の受注データを見て「この方、いつもお米買ってくれてる人だ」と気付くこともあります。
あとは、やっぱり作業が楽になりました。これまでは2ショップ分の受注を確認しなきゃいけなかったのが1画面で全部済むようになったので。
ネットショップで展開されているレトロなグッズも目を引きます。カバさんのマークがかわいいですよね。
浅羽さん:
「椛島氷菓」の立ち上げ当初から、グッズはいろいろ作りたいと思ってました。今どきはWebサイトのかっこよさも大事だけど、実店舗の有無がけっこう大きくて、ブランドイメージ通りのお店と、そこでしか買えない味やグッズがあることこそが柳川まで足を運ぶ理由になるだろうなと。
グッズを作るにはやっぱりマークのようなものが必要ですよね。イメージは使いやすい丸形。その中に何を描こうか、パッケージデザイナーでもあるうちの妻といろいろ考えました。アイスから連想されるペンギンやシロクマなんかはもはや使い古されてるし、どうしようかなと。
そんなとき「椛島さんなんだからカバがいいんじゃないか?」と、妻がその場でパッと描いたカバがかわいかったので、これでいこうと。
浅羽さん:
椛島さんがもともとやっていたジェラートは、無着色・無香料といった自然派であることが魅力。それに対してアイスキャンデーは、従来のカラーをあまり表に出さず、自由に遊べるようなブランドにしたかったんです。たとえば青い色のソーダ味を出したりとかね。
もちろん、これまでの杏里ファームの商品を支持しているお客さまがたくさんいる中で、自社のフルーツをそのまま生かした自然派の商品作りは今後も大切にしたい。そう考えた結果、アイスキャンデーはあえて杏里ファームとは別のブランドを立ち上げて作ることに決めました。
なるほど、そういう理由でネットショップも2つに分けていたんですね。約10年間ネットショップをやってきてよかったこと、嬉しかったことがあれば教えてください。
椛島さん:
ネットショップを始めるまでは、電話での注文やお問い合わせが多かったんです。電話対応に追われてほかの業務がなかなか進められないこともよくありましたが、ネット通販を始めてからは、ショップの商品ページへご案内することで皆さんスムーズに受注できるようになり、業務の改善にもつながったと感じます。
ネットショップって、意外と取引先の方にも見ていただけてるんですよ。「何か新しい商品が出てないか」とか「どんな商品があるのか」といった方にも、Webカタログ的な感覚で見ていただけるので、かなり重宝しています。
一般のお客さまから注文を受けるだけでなく、取引先とのコミュニケーションツールとしても役立っているんですね。
食品ではなく「雑貨」を作るつもりで商品を考える
浅羽さん、ヒット商品を生み出すブランディングの方法についてお聞かせください。
浅羽さん:
僕は「ブランディング」を考えたことはあんまりなくて。
頭使ってデータ見ながらマーケティングがどうだこうだと考えるやり方もいいけど、結局自然に楽しく続けながら次の商品やサービスにつながっていくほうがいいし、まず「自分はこれが好きだから」が出発点でもいいんじゃないの?って思います。
たとえ好き嫌いの分かれるものでも、100人に聞いたら1人くらいは自分と同じようなものを好きな人がいる。それを全国民で考えればけっこうな人数になるでしょう。たとえば、僕はこれまでさまざまな炭酸飲料の企画やデザインをやってきましたが、サイダーを作るにしてもオレンジやグレープじゃなくて「ドリアン」とかね。そんな発想で何かおもしろいものを作れればいいなと。
なるほど。好き嫌いは分かれるからこそ「好きな人」に強く刺さるものを。
浅羽さん:
商品自体も、基本的に僕らは食品じゃなくて「雑貨」を作るつもりで考えるんです。こう言うと食品作ってる方からはたまに「違うんじゃないか」なんて言われますけど……やっぱり「食べればわかる」っていうのは「食べなきゃわかんない」のと同じだから。食べる前においしそう!と思って手に取ってもらうことは大事ですよね。
もちろん、食べてみておいしくなければリピートはないから、味のほうもちゃんと作らなきゃいけないけど、並んでるのを見ただけで欲しくなるような商品こそが「いい商品」だと思います。
ありがとうございます。浅羽さんが入ったことで、杏里ファームさんにも新しい風が吹き込んだようですね。
椛島さん:
それまでとはガラッと変わりましたね。椛島氷菓を新たに立ち上げ、アイスキャンデーができてからは、「これ見たことある」と言っていただける機会が圧倒的に増えたと思います。
浅羽さん:
僕だけがいくら考えたってダメで、「うまくいくかはわからんけどやる」、そんなリスクをとって動ける椛島さんみたいな方と出会えたのが幸運でした。そうでなければ、椛島氷菓もアイスキャンデーも生まれなかったわけだから。
浅羽さんのアイデアと椛島さんの行動力、両方が合わさってこその今があるんですね。最後に、杏里ファームの今後の目標についてお二人それぞれからお聞かせください。
浅羽さん:
立ち上げ当初、椛島氷菓の主軸は「カバ印」のアイスキャンデーではなく、いろいろな農家さんからの受託製造……いわゆるOEMが中心になるだろうと思ってたんです。まさかこれほど人気が出るとは思っていなかったから(笑)。今後余裕が出てきたら受託にも注力できるといいですよね。あとはどうしてもアイスキャンデーのほうが有名だから、ジェラートのほうにも力を入れていくとか。
最初に始めたとき、椛島さんの奥さんのほうは「私はこのお店があればいい」と。あまり手を広げすぎず、自分の居心地のいい場所でこれからもずっとやっていきたいとおっしゃっていたので、今後も皆さんの思いを尊重しながらお手伝いできればと思ってます。
椛島さん:
ここ数年、コロナ禍の影響で柳川を訪れる観光客は減りましたが、ネットショップでのアイスキャンデーの売上はおかげさまで年々伸びています。広告は一切出していなくても、買ってくださったお客さまがSNSを通じて商品を宣伝してくれて、口コミ効果で徐々に広まっているのを感じます。
それでも現状は自社ネットショップよりも百貨店サイトからの注文のほうが多いので、いずれはそれを上回り、ネットショップから直接買っていただけるまでに成長できたらと考えています。
商品ラインナップをもっと増やしたい思いも当然あります。でも一番の目標は、後世に残るような商品であり続けること。これからも浅羽さんと一緒に焦ることなくマイペースに活動していきたいです。
今日はありがとうございました!