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「この活動がきっと宝になる!」銀座の一流レストラン出身者が屋台から始めた洋菓子店「NOAKE TOKYO」の話

いつも画面越しに見ているネットショップのむこうには、想いのつまった“モノ”とそれを届ける“”たちがいます。このコーナーでは、知られざる商品開発ストーリーやお店の裏側に迫る現場レポートをお届けします。
今回ご紹介するショップ
東京・浅草にある洋菓子店「NOAKE TOKYO (ノアケトーキョー)」さん。 2009年に屋台販売からスタートし、アイデアあふれるお菓子の数々でイベントや雑誌などで話題を集めてきました。今日はそんなお店の裏側に迫るべく、オーナーの田中 謙吾さんとパティシエの田中 伸江さんにお話を伺いました。

浅草にあるNOAKEさんの本店にやってきました。

入り口には、なぜか「しめ縄」が。

ポイポイ無くなる消費社会の中でも、生き残る菓子店を目指して

お店のロゴやパッケージにも「しめ縄」があしらわれていますが「和」のモチーフについて何かこだわりがあるんでしょうか。

伸江さん: 「既存の和と洋に分けられてしまう菓子店のスタイルにとらわれず、みんながかっこいいと感じるものをとりいれてほしい」と開店時にアートディレクターさんへお願いしたんです。その結果がたまたま「しめ縄」になったんですね。

パティシエの田中 伸江さん。

こういった和の要素もあって、NOAKEさんは他の洋菓子店とは異なる印象です。

そうですね。誰でも旅行できる時代にわざわざザ・おフランスなテーマパーク的洋菓子店を作るのは違うなと思っていたんです。(笑) どちらかというと、10年先も同じお菓子が並ぶ普遍的なお店を目指したいというのがありました。

どんどんポイポイなくなる消費社会の中でも、おせんべい屋さんとかってずーっと続いているじゃないですか。わたしたちもそういう存在になりたいんです。

なるほど。

だからお菓子についても「瞬間風速的にめちゃくちゃ売れるものじゃないけど、みんなにずっと愛され続けるものを育てたい」という信念のもと作っています。

1番好き!と胸を張って言えるからこそ、素直な言葉でおすすめしたい

謙吾さん: 伸江さんが説明してくれたとおり、僕たちは既存の形式にとらわれない活動を大切にしていて、経営のうえでも「ここがライバル!」みたいなお店を定めていません。まわりと比べるよりも、独自のお菓子をとおしてコンセプトに共感してもらえる人を増やしていく活動に集中しています。

お話してくれたのは、オーナーの田中 謙吾さん。

NOAKEの個性的なお菓子の中でも、今のイチオシはどれですか?

期間限定のこちらのアイスキャンディです。夏のギフトの定番といえば羊かんやゼリーですが、あえてアイスキャンディを提案しています。「駄菓子のアイスキャンディをたっぷりの果肉と果汁で作ったらどうなるのか?」というアイデアから生まれたもので、売れるまでになかなか時間がかかりました。(笑)

なるほど、NOAKEさんならではの遊び心ある提案です!

期間限定のおしゃれなアイスキャンディ「キャンディフラッペ」

こちらのケーキもおすすめです。このケーキは季節ごとに4種類あって、春はショートケーキ、秋はモンブラン、冬はチョコレートケーキと変化します。

夏季限定の「蜜と檸檬-レアチーズケーキ」

ま〜〜〜〜どれもおいしいんですよ、うちのケーキは。とにかく、おいしい。

(笑) そんなふうに熱くおすすめされると、食べたくなっちゃいます。

「伸江さんのお菓子を1番食べているのも1番好きなのも、この僕だ!」という自負があるので心からおすすめしちゃいますね。(笑)

それでこんなに熱く「おいしい!」と。

はい。むずかしい言葉を並べて説明するよりも「絶対おいしいから食べてほしい!」と、好きな気持ちを自分の言葉で伝えるほうがお客さんに響くと思うんです。

何よりも、僕は彼女がいいと思って作ったものを、いいと信じておすすめしたい。だからスタッフにも「できるだけそのままの気持ちをお客さんに伝えてほしい」と教えています。

伸江さんが作られたものを信じて、謙吾さんやスタッフさんが心を込めて売る。すてきな販売姿勢です…! 今度は、どのようにお店を始められたのか教えてください。

 

銀座の一流レストランから、表参道の空の下に屋台をOPENするまで

もともと伸江さんはパティシエ、僕はサービスマンとして、銀座の大きなレストランで働いていました。今から9年くらい前にお酒の席で「何か新しいことをやりたいね!」と2人で盛り上がって、開業を思いつきました。

とはいえ用意できる資金は200万円くらい。
この少ないお金でどうスタートするか考えたとき、伸江さんから「屋台はどうかな?」と提案されました。彼女の実家は荒川区三ノ輪の町工場で、屋台を作られていたんです。

伸江さんのご実家が屋台を作られる工場だったのですか。

そうなんです。
ただ、最初はとても悩みました。「銀座の一流と言われているレストランで働く僕らが、屋台からのスタートか〜…」と。(笑)

勇気のいる決断ですよね…!

はい。でも「いや、まてよ。屋台からお店が大きくなって成功したら、めちゃくちゃかっこいいぞ?」といかにも男子な妄想がふくらんで、これが後押しになって決断にいたりました。(笑)

その後、どれくらい開店準備に時間をかけたんですか。

1年1カ月準備をして、2009年10月に表参道で屋台をスタートさせました。

開店した当初は「屋外で働くの最高に気持ちいい〜!」ってかんじだったんですけど、冬になるとビル風が吹き込んで、お客さんとの会話を楽しむ余裕もないくらい凍えました。

お客さんはどうでしたか…?

それが、びっくりするくらいこなくて…。(笑)
売上もなんとか1人分生活するくらいなら作れたのですが、2人分はとても。厳しかったです。でも「この活動やストーリーがきっと宝になる!」と信じて、めげずに販売し続けました。

それでも、表参道店のクローズパーティーには100人以上のお客さんが集まってくれて、とてもうれしかったですね。今も当時のお客さんたちに支えられています。

 

表参道から六本木ヒルズへ、そして3つの実店舗を持つまで

もともと表参道での屋台営業は5カ月間の約束だったのですが、その後のやりかたについては特に考えていませんでした。

ピンチですね…!

はい。お金もアイデアもコネもなく、途方にくれながら過ごしていたところたまたま六本木ヒルズの方に声をかけてもらったんです。「あら。おもしろいことやっているわね? ちょっとついてきなさい!」ってかんじで…もう本当に偶然。(笑)

すごく運がいい!(笑)

そうなんですよ。運がいいんです。そんなありがたいお声かけのおかげで、2010年の4月から六本木ヒルズで営業を始めることになったんです。

これもありがたいことに、お客さんの層がとてもマッチしていて。表参道時代の10倍以上売れるようになりました。その間に催事に出店したりネットショップも立ち上げました。

六本木ヒルズ出店後はどのように今に至ったんですか?

六本木ヒルズに2年出店したあとは、3カ月ほど休みました。それまでまとまった休みをとらずに走り続けてきたので、そろそろ休憩しようかと。その間はネットショップだけ営業していて基本的に働かなかったです。

NOAKEさんのネットショップ。

その後は、さあどうしようかと。
…ここまでとにかく計画を立ててこなかったんですよね。(笑)

無計画なのにとても順調…!

いやー本当に不思議なんですけど。
で、まず屋台の置き場所を作ろうという話になり、倉庫としてここを借りたんです。

はじめからこのお店を実店舗にするつもりではなかったんですね。

そうなんです。でもせっかく広いスペースですし、せっかくだしここを実店舗にしてしまおうということで2012年12月から浅草店の営業をスタートしました。

そんな成り行きでスタートしたんですか。

はい。その後は引き続き催事出店を展開しつつ、ご縁があって2013年9月に万世橋店、11月に東京駅店、2014年4月に銀座店…新しい店舗を3つ開店させていきました。

当時の屋台は、現在万世橋店の什器として使われています。

ずいぶんと立て続けに店舗をオープンさせたんですね。

今思うと、詰めすぎですよね…。(笑)
万世橋店と東京駅店なんか2、3カ月しか空いていないですもん。よくやったなあ。

 

外交活動よりもお客さんと向き合う時間を大切にしたい

立て続けに催事やテナントのお声がかかったのは、積極的に広報活動されてきた結果でしょうか。

いろいろなパターンがありますが、六本木ヒルズ時代のつながりがきっかけというケースが多いです。広報活動に関していうと、ここ4年くらいはほとんど他のスタッフにまかせていますし、僕から積極的に外交活動をすることはほとんどしなくなりました。

なぜ積極的な活動をやめられたのですか。

開店直後からいろいろな雑誌にとりあげてもらって、広報的にとてもありがたかったんです。ただ「メディアさんの支えがなくなったときに果たして自力でやっていけるのか?」ということが気になり始めて、ここ数年は広報活動から少し距離をおくようになりました。お客さんが「これおいしかったから食べて!」と口コミで広げてくださるお店になるほうが健康的な姿かなと。

では今日の取材も、貴重な機会をいただいたかたちになりますね。

かなり久しぶりのインタビューですね。全く取材を受けていないわけではないんですけど、内容や効果を吟味してから受けるようになりました。

それに外交活動で遅くまで飲んで次の日にお店に顔を出さないオーナーよりは、朝からきちんとお店に立って、お客さんとコミュニケーションをとるオーナーのほうがいいと思っています。今も、どこかのお店に立つようにしていますね。

謙吾さんが、店舗のレジに立っていらっしゃるのですか?

はい! スタッフの1人としてカウントされています。(笑) たまーに「そろそろレジに立たなくても〜…」みたいな弱音を吐くんですけど、そうすると伸江さんが「人件費どうするの?(キッ)」て。(笑)

まあそれは冗談で、僕はやっぱり現場に立つのが好きなんですよね。「おいしかった」とか「この店が大好き」と、お客さんに直接言ってもらえたり。それって各店舗のスタッフさんからもらう日々の報告もすごくうれしいんですけど、直接反応を見るのもやっぱりうれしいものなんですよ。

おもしろいことやっているな、と言われる「食のインディーズ活動」への挑戦

これからほかに挑戦してみたいことありますか?

んーーーー。伸江さーん、なんかあります?

伸江さん: 今まで好き放題やってきたことがたまってきたので、また屋台に戻りたいな〜とは思います。なんていうんだろう「食のインディーズ活動」みたいな。

謙吾さん: あー!そうだそうだ。すっごいおもしろいことを考えますよね(笑)

食のインディーズ活動…ですか?

そうだなあ。例えるなら「はい、全国に8店舗持っています!」そういうのを目指したいんじゃないんですよ。こういうのはメジャー活動。

ほうほう。

どこにでもあるお店じゃなくて、いきなりニューヨークとかパリにお店を出すようなチャレンジをしたいんですよね。 「屋台ではじめたお兄ちゃんたちがパリにお店だしたんだ、次はニューヨークだってよ!」っていう。こっちのストーリーのほうがみんなにおもしろがってもらえるし、何より僕たちが楽しいはずなんですよね。

そういう活動が「あのお店、ちょっと変わってるよね」とか「おしゃれだよね」とか評判につながって、全体がじわりじわりと盛り上がって、インターネット上で話題になる。

伸江さん: 話題にはなるかもしれないけど、お金にはならなそうだよねー。でもうまくやって、ちゃんと稼ぎたいな〜。(笑)

(笑) 他にも今後について考えていることはありますか?

謙吾さん: そうですね、直近だと大きなお店を1つ作りたいです。ビルを1棟借りて、中庭があってそこに屋台が置いてあって。喫茶したい人は階段を上がってゆったりくつろぐ。そんな場所です。

すてきな構想ですね。

お客さんにとってもくつろぎやすいですし、スタッフはじめみんながひとつの場所にいるのがコンセプトを共有しやすくてとてもいいなと思ってます。

おふたりで向かう方向はひとつに定まっているんですね。

そうかもしれません。ただ僕たち性格はぜんぜん違うんですよねー。(笑) 彼女は石橋をたたいて壊して「ほらこわれたじゃない、だからわたし渡らない!」って慎重に進むタイプ、僕は石橋をたたかず渡って「ほら早くおいでよ!」って突き進むタイプ。

全く逆!

そうそう。ちょっとずつ進む組み合わせなんです。

ブランドのディレクションをするのは彼女。そして、彼女が生みだすものを僕とスタッフさんたちが楽しく一生懸命魅力を伝えていく。じっくりとブランドを育てていくなかで、お店もお菓子も僕たちも、少しずつ発展させていきたいですね。

なるほど、今日はすてきなお話をありがとうございました!

 

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