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成功するパティシエの共通項は“ブレない軸”。雑誌『café-sweets』編集長が考える、開業前に見据えたいビジョンとは

菓子・パン職人やカフェオーナーのための雑誌『café-sweets(カフェ-スイーツ)』。2001年の創刊以来、製菓・製パン・喫茶業界で働くプロの方々はもちろん、パティシエ・パン職人を目指す方々にも男女問わず愛読され続けています。

今回は、製菓・製パン業界でショップ開業を目指す際に考えておきたいポイントや、ネットでの販売に欠かせない要素などについて、同誌の編集長を務める大坪 千夏さんにお話を伺いました。

株式会社柴田書店
『café-sweets』編集長 大坪 千夏さん
アシェット婦人画報社(現社名:ハースト婦人画報社)を経て、2011年 柴田書店に入社。以来『café-sweets』編集部に在籍。2015年、人気パン店の連載をまとめた書籍『たま木亭 忘れられないパン』を編集。産休・育休を取得後、2019年4月から同誌の編集長を務める。

これまでに約300人のパティシエを取材

はじめに、雑誌『café-sweets』について教えていただけますか。

はい。もともとは90年代後半ごろに始まったカフェブームや、パティシエという職業への人気の高まりを受けて2001年に創刊されました。

ターゲットは創刊当時から変わらず、製菓・製パン・喫茶業界の「プロ」と「セミプロ」です。
プロというのはいわゆる職人さん、職人さん兼経営者、職人さんではない経営者など、実際に業界で働く方たちのことです。それ以外にも、海外に留学して製菓・製パンを学んだり、本格的な調理製菓学校に通って業界での活躍を目指すセミプロの方など、ちょっとマニアックな人もターゲットにしています。

大坪さんは2011年に入社して以来変わらず『café-sweets』に携わられているそうですが、これまで何人くらいのパティシエさんを取材してきたのでしょうか。

私自身も気になってちょっと調べてみました。取材先はパティシエのほかにもカフェオーナー、パン職人、和菓子職人など多岐にわたりますが、パティシエだけに絞ると、私が取材を担当してきたのは300人くらいですね。

すごい数ですね。もしよろしければ、その中でも印象に残っている方について教えてください。

時代の変化とともに特集内容も変わりますし、それと同時に取材先も変わってくるのですが、2019年ごろの取材でとても印象的だったお話を。東京の用賀に『Ryoura』さんという人気のパティスリーがありまして、そこは製造も販売もスタッフが全員女性(当時)なんです。

パティシエの世界って、今の40代以上の方たちの修行時代こそ男性のほうが多かったのですが、近年は逆転して女性のほうが多い業界です。それでも職場環境がガラッと変わることって少ないじゃないですか。基本的に立ち仕事ですし、繁忙期は夜中まで働くことも多いですし。体力的にもかなりハードな仕事を、女性が大半を占める業界でやらなきゃいけないわけです。そんな中で『Ryoura』の菅又シェフは、産後子育てをしながら少しの時間でも働きたいという元パティシエや、子育てがひと段落してふたたび販売経験を生かしながら家事も両立させたいといった方が集まってくれるような体制づくりに取り組んでいます。そのお話を聞いて特集にしました。

café-sweets vol.204』(柴田書店) 撮影:キッチンミノル

たとえば、短時間勤務でもできるよう、Ryouraでは各商品の製造工程を細分化して全員に分散しています。作業を誰か一人に固定せず、一つのお菓子のほぼ全パーツを全員が作れるようにしてるんです。さらに、レシピも工程ごとに素材や器具の温度帯、作業に費やす時間を決めておいたり、仕上げのデザインをある程度パターン化させたり、経験の長さは関係なく、誰もが取り掛かりやすいような工夫もしています。そうすることで、子育てしながら働きたいパティシエさんもパートタイムで入れるし、誰かが病気で抜けたり子どもの看病で出られないとなっても現場が止まることがない仕組みが成り立っているんですよね。

パティシエ=忙しいイメージは確かにありましたが、短時間勤務が難しい側面もあったんですね。

菓子の包装や下準備などの作業は別として、製造に関しては、子育てをしながらとか、家事の合間に参加しやすい世界ではなかったんでしょうね。結婚すると辞めてしまう方がどうしても多い現状はあります。
製造にあたる拘束時間が長いとパートタイムの方を組み込みにくくなるなど、この仕組みがうまく回らなくなることも懸念して、『Ryoura』では一度製造にかかると一定の工程での拘束時間が長くなりがちなヴィエノワズリー(※)はあえて作らないんだそうです。菅又シェフの経営者としての判断が非常にハッキリしている点が印象に残っています。

※ クロワッサンやデニッシュなど折り込み生地や、ブリオッシュ生地などを使った菓子パン

成功しているパティシエに共通する「商品・お店作り」とは

『よむよむカラーミー』の読者には将来的な開業を目指している方も多いのですが、大坪さんから見て、成功されているパティシエさんの共通点とはどんなものでしょうか。

ここでのパティシエの定義を「職人であり経営者でもある人」とした場合、成功している方の共通点は自分なりの明確なメッセージがあることに尽きると思います。
自分なりに表現したいテーマを持って開業し、その世界観をきちんと表現できていて、なおかつお客さまにもそれが伝わって利益につながっていくことが大切で。弊誌の中にも「個性の磨き方」というワードがたびたび登場するのですが、個性をつくり出すのって曖昧でとても難しいんですよね。

成功しているシェフの方々に話を聞いてみると、なぜここにショーケースを置いたのか、なぜこのお菓子はここに配置したのか、なぜこのお菓子にこの上掛けをしたのか……必ずすべてに答えがあるんです。小さな要素を拾い上げていくと一つの「軸」に基づいたお店づくりがされていて、それがブレてない人はやっぱり成功していると思います。

皆さんかなり深くまで物事を考えているんですね。

必ずしも意識的にそうされているわけではないケースもありますよ。取材をしていても最初は「なんとなく」と答える方も多いのですが、深掘りしていくと行動の答えが浮かび上がってきます。行動に理由を持って動いている人は強いなと感じますね。

お菓子やパンの製造って、分量や手順、手元の温度などを少しでも間違えてしまうと製品にならないことも多々あり、肉や魚などの生き物を扱う料理の世界に比べて“化学”の要素が強い分野なんです。そういった理論やお菓子の文化的背景をきちんと学んだ上で、うまくアレンジできる人も成功されていますね。

理論を自分なりのアレンジに落とし込めるかどうか、ですね。

はい。伝統というベースをもとに漫然と作るのではなく、一つ一つの工程において「なぜそうするのか」を理解している人は、うまく自分のものにしてアレンジされている印象です。いわゆる守破離だと思いますが、人気店のシェフにはだいたいそれが当てはまりますね。
商品化する上ではお菓子という枠からは逃れられないけれど、理論や文化的背景をベースに、何か思いがけないアレンジを加える。固定観念の崩し方にもセンスが必要ですよね。自分の目指す味・作りたいものがハッキリしている人ほど、これまでに学んできたものをどう当てはめて個性を出せばよいか考えられるのだと思います。

開業前に「自分がどんな生活をしたいか」を考える

パティシエになりたい、自分のお店を持ちたいと考える人は『café-sweets』の読者の方にも多くいらっしゃるかと思います。お店を開くためにまずすべきこととは何でしょうか。

お菓子を作るのが好きか、誰かに食べてもらえると嬉しいか、お菓子作りを自分の仕事にしたいと思えるか。そのうえで、お菓子作りで自分なりの表現をしたいと思えるかどうか、ですね。それこそが自分のお店を持つ最大の利点でもありますからね。ただお菓子を作ることに十分幸せを感じられるなら被雇用者のままでも続けられるので、そのあたりの自問自答が最初の一歩です。

次に考えるべきは、自分がどんな生活をしたいのか。開業を考えるにあたり月給の設定はとても大切です。
若い人たちにどんなお店を持ちたいのか尋ねると「夫婦2人、身の丈に合ったお店を」と答える人が多いんですけど、実家で暮らすから月10万あればいいという人から、月50万ないと暮らしていけないっていう人まで実際はさまざまですよね。まずはご自身のライフスタイルに合った金額を考えることが必要です。

どのくらい稼ぎたいか、どういう生活をしたいかという明確なビジョンの組み立てが重要になるということですね。

そうですね。1日に作るべき商品の量、そのために必要な厨房の規模、設備、ローンや返済額、減価償却などのプランニングも目標金額によってかなり左右されます。また、人を雇いながら自分は月々いくら稼ぎたいかによってもお店の規模感は違ってきますよね。

シェフの方がよくおっしゃるのですが「おいしいものを1個だけ作る」のは意外とそんなに難しいことじゃないんですって。だけど「限られた時間の中で一度に大量に作る」のが難しい。きれいでおいしいものをスピーディーにたくさん作る、そこがプロとアマの一番の違いなんだそうです。

職人であり経営者でもあると、製造のみに時間を割くことも難しいですよね。作って売る以外のお仕事も増えるはずですし。

1人で店を営む場合、お金の管理や材料の仕入れもすべて1人でやることになるので、「自分ってこれだけしか作れないのか」と開業してから気付く人も多いようです。経営者にはなってみないとわからないことがたくさんあるので、まずは手作り市などのイベントに出店して、自分1人で製造から販売までこなす経験をしてみてもよいかもしれませんね。それが毎日続いたらどうなるのか、自分の体力はどれくらい持つのか、どの程度の設備と規模感が現実的なのかを具体的に考えるための手段にもなると思います。すごくシンプルなことなんですけど、「自分が作れる量」って意外にあまり意識されにくいポイントなので。

時間をかけて少ししか作れなければ単価を上げるしかないですからね。

単価がまだまだ低い業界ですし、人件費や原価を考えると決してゆっくりは作れないですよね。
小売の食品全般に言えるとは思いますけど、お菓子って世間では安くあってほしいと思われている一方で、「この値段じゃ原価的にとても売れない」っていうラインが作る側にもあって、その兼ね合いが年々難しくなってきていると感じます。小麦をはじめとした輸入ものの材料も軒並み価格が上がっていますから。

ネットショップでお菓子・パンの魅力を伝えるためには

お菓子やパンをネット販売する上で魅力が伝わる表現方法について、ぜひアドバイスをいただきたいです。たとえば写真や商品説明文とか。

まず写真については、シズル感・世界観・ストーリー性の3点ですね。たとえば商品自体に寄って撮るか引いて撮るかも、ブランドの方向性やストーリーによって違ってくると思うんです。食べてもらうシーンを強く想起させたい商品であれば周囲のスタイリングにまでこだわらなければなりません。逆に「たくさんナッツを使っている」「クリームの厚みがある」といったモノ自体の特徴、濃厚感をより強調したいならそこに寄るとか。
何でもかんでもシズル感を持たせればいいわけではなく、何を訴求したいかによってフォーカスの仕方が変わることを意識して、ポイントを捉えることが重要になります。

まずは想定される消費シーンや注目されたいポイントの洗い出しが肝心ですね。

文章についても、ストーリー性やこだわり、製法、材料、食べてもらいたいシーンの訴求は欠かせません。ブランドイメージを伝えるためにあえてポエティックな言葉を使うとか、作り手の表情は出さないといったやり方もあるとは思いますが、誠実さが伝わる言葉選びは大切だと思います。

私たちは専門誌なので「○○がおいしいと思った」などの主観はできるだけ省くようにしていますが、やっぱり作り手の方が主観で表現するおいしさには心を動かされますよね。食感や香り、味わいの変化、そのためにどんなことをしているかまで書ければマニアックですが、そこはお店の世界観にもよるかな。

独特な表現で商品紹介をするショップは、それ自体を楽しみにされているお客さまも多いです。

通販ならでは、ネットならではのコミュニケーション能力が試されますよね。いろんなお客さまがいても目の前で接することはできないので勘違いさせてしまう部分もあるかもしれませんが、言葉以上のメッセージを伝えられる場合もあると思うので。

お菓子って、それ自体と同時に空気感も一緒に味わうものなので、売り物に対してイメージを付随させる必要があるからこそ通販の仕方が難しいんですよね。おいしいのは当たり前なんだけど、そこにプラスして何か軸を持って売り方を考えていかないと。

ショップの世界観やコンセプトをしっかりと決めて表現していくのが重要ですね。

業界で商いを営む人々の「人生」がつまった雑誌

大坪さんが『café-sweets』で今後挑戦してみたいことについて教えてください。

いずれは動画事業を立ち上げてみたいと考えています。
お菓子は技巧の要素が強く、作り方が複雑なことも多々ありますよね。「用意したクリームを一旦冷やす間にこっちの作業をして、次にアレを……」といった作業の組み立て方を伝えるには文章より動画が向いています。飴細工やチョコレートなどの技巧を競うコンテストがあるのですが、グラデーションや飴の伸び方などといったコンテンツも、動画のほうがきっと伝わりやすいので。

お菓子作りの動画ってつい延々と見てしまうので、今後の展開がとても楽しみです。最後に、『café-sweets』と『よむよむカラーミー』の読者の皆さんにメッセージをお願いします。

まず『café-sweets』の読者の方には、毎号細かい文字を追いかけてくださりありがとうございます、とお伝えしたいです。大切な情報を少しも漏らさずに伝えたいという思いで作っていますので、これからも皆さまの役に立つマニアックな情報をお届けしてまいります。
これからお店を作りたい、作ったお店を育てていきたい『よむよむ』読者の皆さまにも、弊誌を手に取っていただけたら嬉しいです。製菓・製パン・喫茶業界で商いを営むたくさんの方の悩みと希望の光と人生が詰まった雑誌なので、ぜひ読んで共感していただけたらなと思います。

今日は素敵なお話をありがとうございました!