
EC運営に欠かせない存在となったSNS。その運用を成功に導くには何が必要なのでしょうか?
今回は森美術館のSNSを担当し、総フォロワー数80万超のアカウントに成長させた洞田貫晋一朗(どうだぬきしんいちろう)さんに美術館のSNS運用の成功の秘訣についてお伺いしました。

1979年生まれ、東京都出身。2006年に森ビル株式会社に入社し、六本木ヒルズ展望台やギャラリーの広報・企画営業を担当。その後、森美術館のマーケティングを10年以上担当し、SNS運用で多大な成果を上げる。2024年に独立し、SNSマーケティングやプロモーションのアドバイザーとして活動中。著書に『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』(翔泳社)。
X:https://x.com/dodanuki_s
目次
洞田貫さんについて
本日はよろしくお願いいたします。「洞田貫」という珍しいお名前ですが、どのようなルーツがあるのでしょうか?
ありがとうございます。「洞田貫」という苗字のルーツからお話しすると、父が熊本県出身で、先祖は刀鍛冶と聞いています。一族以外に同じ苗字の人はいないらしく、私自身も親族以外で洞田貫さんと出会ったことはありません。珍しい名前なので、よく話題にしていただけますね。
確かに印象に残ります!洞田貫さんについてぜひ教えていただけますか?
2006年に森ビル株式会社に中途入社し、六本木ヒルズ展望台「東京シティビュー」の広報や森アーツセンターギャラリーの運営、企画営業などを担当しました。その後、文化事業部の森美術館マーケティンググループにジョブローテーションで異動しました。
ジョブローテーションで森美術館に関わるようになったのですね。
そうなんです。異動した森美術館のマーケティング部門は、メディア対応を軸とした広報チームと、プロモーションチームの2つに分かれています。私は後者に約10年所属し、2024年2月に独立して、洞田貫プランニングスという会社を立ち上げました。
今も森美術館をはじめ官公庁のプロモーションやSNSマーケティング、Web広告などをお手伝いしています。
10年間すべてのSNSを一人で運用
もともと美術館での就業を希望されていたのかと思っていたので驚きました。SNSに携われたきっかけを教えてください。
SNSに携わるようになったのは、森美術館のプロモーション担当になって、上司に「デジタルでなにか新しいことを始めてみたら」と勧められたのがきっかけです。
もともとFacebookとX(旧Twitter)は運用されていて、私が引き継いだことで本格的に運用することとなりました。
それまで仕事としてSNSを運用したことはありませんでしたが、プライベートではSNSを利用していたのでとくに不安もなく、始める前から「美術館ならこういう発信をしたらいいだろうな」というイメージを持っていましたね。
担当になってからは、すでにアカウントを開設していたX(旧Twitter)とFacebookは継続して運用しつつ、Instagramを立ち上げたり、TikTokを始めたりと、並行して複数のSNS運用を開始。Threads(スレッズ)などの新興SNSにも積極的に取り組み、ソーシャルメディア戦略を展開してきました。
そんなにたくさんのSNSを運用しているんですね。担当者は何名で回しているのですか?
SNS担当は僕一人でした。
お一人なんですか!?
そうなんです。約10年間すべてのSNSをフルワンオペで運用してきました。
2024年1月末に、私が抜けたことで後任者が着任したので、今はその方に業務内容をシェアしながら、まさに初めてチームでSNS運用を行なっています。
洞田貫さんがSNS運用を担当されて以降、どのようにアカウントが成長したのでしょうか?
自分が引き継いだ時点では、X(旧Twitter)が約3~4万人、Facebookが約4~5万人と、合計10万人に満たない状況でした。しかし、展覧会のコンテンツ力や企画を背景に、着実にフォロワーを増やしていきました。
現在は、X(旧Twitter)が約22万人、Facebookが29万人以上、Instagramは24万人以上、Threadsでは5万人以上に成長しています。これらの成果は、小さな積み重ねの結果だと思います。
SNSアカウントの設計や運用方針
いったいどうやってフォロワー数を増やしていったのですか?
フォロワー数が伸びた理由は、展覧会のコンテンツ力はさることながら、当時はSNSを運用している美術館が少なかった中で、積極的にSNS活用ができたからではないかと分析しています。先行者利益で、珍しさからフォローしてくださった方もたくさんいたのではないかなと思います。
当時、海外では美術館がSNSで情報発信するのが当たり前のように浸透していましたが、日本ではなぜかあまり美術館側からの発信がされていなかったんですよね。
たしかに、そもそも美術館は撮影がNGというルールが無意識に存在している気もしていて、あまりSNSとは相性が良くない印象を持っています。SNSを運用するにあたってどんなことを意識されましたか?
そうですね、まず「フォローしたい」と思ってもらえるアカウント作りを心がけました。
例えば、プロフィールをバイリンガルにして「国際的な美術館アカウント」という印象を持たせたり、Instagramではトップの9枚の写真に統一感をもたせて、スタイリッシュさを演出しました。この「ビジュアルでの第一印象」は、今も変わらず大切にしています。
これらの工夫はすべて「森美術館のアカウントをフォローすること自体が価値になる」と感じてもらえるためですね。
確かに、プロフィールや写真が洗練されていると、ついフォローしたくなりますね。他にも独自の取り組みはありましたか?
はい。まず森美術館で開催されている展覧会の投稿に「いいね」をつけてまわりました。これにより、ユーザーがハッシュタグ検索をした際に「森美術館がいいねしている」と目に留まりやすくなります。
この意図は、美術館やアート系アカウントとしての権威付けです。
当初は「施設のプロモーションアカウント」ではなく「アート情報を網羅するメディア」を目指そうと考えていました。「森美術館をフォローすれば、六本木界隈のアート情報が全部わかる」と思ってもらえれば、アカウントの規模は自然と拡大するはずだと。
しかし、他の美術館の展覧会情報を確認して投稿するのはかなりの労力が必要で、現実的にそこまで手が回らなかったため、森美術館と関連する投稿に「いいね」をつけていく運用にしました。このアプローチは今でも続けています。
それから、森美術館のアカウントでは「中の人」を感じさせないようにしたのもポイントです。X(旧Twitter)を中心に企業のキャラクターアカウントが注目されていますが、美術館にはしっかりしたブランディングが必要だと思っています。
私は、部署異動でSNSを任され、どう来場者数を増やそうかと考えている一担当者で、アートの専門家ではないんですよね。属人的なアカウントでは配置換えがあったときに次の人に引き継げませんし、コアなファンが好む専門的な話題ばかりだと、新規の方がフォローしにくくなる心配があります。
そこで私が重視していたのは、「美術館とユーザーの間に立って通訳する人」の立ち位置です。
発信する内容は、ニュートラルなもの。一方に偏ると他方に嫌われることになるので、フラットに考え淡々と発信するのが最適だと考えました。また、アカウントのフォローや来館へのハードルを下げるため、一般のお客さん目線を保ち、ライトな文章+写真で興味を引くことにもこだわっていましたね。
「美術館とユーザーの間に立って通訳する人」、その立ち位置でSNSを運用することで、キャラクターがブレないというメリットもありそうですね。インスタ映えやバズを狙わず、 来館意欲を高める運用に注力したそうですが、それはなぜですか?
SNS運用の目的は、あくまで来館者数を増やすことで、そのルートはどこからでも構わないんですよね。ですので情報が拡散されて来館につながればいいという考えで運用してきました。究極をいうと、美術館に足を運んでもらえるのであればSNSじゃなくてもいいんです。
なので、SNS内のKPIは立てませんでした。結果はフォロワー数や来館者数として明確に表れているので、森美術館にとっては最適な戦略だったのだと思います。SNS経由での来館者数は、展覧会ごとに出口でアンケートを取って確認していたので、効果はリアルに実感していました。
フォロワー数の増減についても、フォロワーが増えるかどうかより来館してくれるかどうかが重要なので、ほとんど気にしていませんでしたね。なので、SNSでインスタ映えやバズを狙う必要もないんです。
これがメルマガで、ロイヤルティの高いお客さんにフォローを外されたら深刻に受け止めなければなりませんが、SNSはそもそも気軽にフォローして外すもの。施策により一喜一憂する必要はないと思っています。
洞田貫さん流SNS運用術
たくさん聞かれているかもしれませんが、具体的なSNS運用の実務について教えてください。先ほど複数のSNS運用をされているとおっしゃっていましたが、SNSをどのように使い分けていらっしゃいますか?
特性に合わせて使い分けていました。写真ベースのInstagramは美術館との相性がよく、会場の様子などを撮影して投稿すると好反応を得やすかったです。X(旧Twitter)に変わる前のTwitterはテキストが主流だったので、短文で会場の開館状況などを発信。
展覧会来場者の「おもしろかったよ」などの感想に対して「いいね」をつけたりもしていました。それから、ブログのような長文はFacebookに投稿するなど、それぞれで投稿内容を変えていましたね。
更新頻度は決めていますか?
Instagramは週1回程度。展覧会の期間は数カ月と長く、更新頻度を高くしても代わり映えのない写真になってしまうので投稿は少なめでした。
一方で、X(旧Twitter)とFacebookはほぼ毎日更新していて、月曜は展覧会の内容、火曜は営業時間、水曜はアーティスト紹介のように、スケジュールを組んで回しています。
投稿ネタはどのように決めていますか?
プレスリリースや、Webサイトに掲載されている情報や、社内の確認が取れている情報を活用していました。
新しい情報を載せる場合は、キュレーターや企画者、広報などのチェックが必ず入るので時間がかかりますし、一人では到底対応しきれません。もちろんリサーチもしていて、朝からSNSでトレンドを探り、ネタを思いついたら投稿などもしています。
森美術館では1年間に2本半くらいの展示会を開催しています。次の展示に入る前に美術作品の入れ替え期間が1か月程度ありますが、その期間には、次の展示会が始まりますとか、キービジュアルはこれですといった予告情報を発信して、期待感を盛り上げていました。
フォロワーを増やすためにはどんなことをされていますか?
そうですね、InstagramやFacebookはフォロワーの掘り起こしが必要だと感じたので、過去の投稿にも「いいね」をすることもあります。「いいね」をするとフォローしてもらえることも多いんですね。
またハッシュタグを用意すると、プロフィールに入れてもらえたり、検索で森美術館の公式アカウントにつながったりする効果があるので、フォロワーの獲得に役立っていたと思います。
とはいえ、先ほどお話したとおり、フォロワー数はKPIにおいていなかったので、前のめりにはならず、フォロワーが増えたらうれしいな、くらいの感覚で運用してきました。
コロナ禍で取り組んだ新たな挑戦
SNSを通じていくつも施策を実施されていますが、なかでも印象に残っている施策を教えてください
一番印象に残っている施策は「#empty(空っぽ)」です。これは、閉館後の空っぽの美術館にインスタグラマーやクリエイターを招待し、展示を自由に撮影・シェアしてもらう取り組みです。日本で初めてこの施策を実施したのは森美術館でした。
インフルエンサーを活用する手法は現在主流ですが、当時としては非常に先進的でした。この取り組みは、UGC(ユーザー生成コンテンツ)を重視する現在の流れの先駆けだったと考えています。
SNS運用で困ったこと、それを乗り越えたエピソードはありますか?
本当に困ったのはコロナ禍でした。とくにロックダウン中は展覧会を開催できないので、情報発信するネタもない状態でした。
そこで館長と相談して実施したプロジェクトが『アーティスト・クックブック by MAM』です。「MAM」は「Mori Art Museum(森美術館)」を略したものです。
世界中のアーティストに「料理の写真とレシピ、それにまつわるストーリーを送ってくれませんか?」と依頼して、総勢24名の協力を得て、それぞれの手料理 をSNSで紹介しました。料理は創作活動の合間にも作るはずなので、皆さんとても協力的だったと思います。
それでしばらくはお料理SNSとして稼働して、国や地域ごとに独特の料理があって興味深い投稿となり、Facebookで“16万いいね”を獲得するほど好評を得ました。最終的に、『アーティスト・クックブック by MAM』は、『ARTISTS’ COOKBOOK under Lockdown』として書籍化されました。
コロナ禍は過酷な時期でしたが、新しい試みに挑戦するよい機会でもありました。森美術館では、館長やキュレーターが誰もいない美術館を巡り、ガイドツアーを行なう様子をインスタライブで配信したほか、TikTokライブも始めました。
年末に『行く年来る年』のような感覚で、事前に収録した館内ツアーやアーティストのインタビューを、ライブで流したこともあります。ツールを導入すれば、事前収録したものをライブのように配信できるようになったので、配信側としては負担が減ってラクになりましたね。
動画は作るのに手間がかかって継続しにくいので、2019年にSNSの書籍を出した時点ではSNS運用の持続可能性からみて懐疑的でしたが、最近は動画の効果にも注目しています。
SNS運用で一貫して重視してきたのは、「送客」ではなく「創客」
書籍を出版された後、さらに森美術館のSNSが大きく成長したと伺っています。成長の背景にはどのような取り組みがあったのでしょうか?また、SNS運用を続ける中で感じた変化や気づきについても教えていただけますか。
SNS運用では、とにかく「全打席でバットを振る」つもりで取り組んできました。とはいえ、フルスイングではなく、50~70%くらいの力でバットを振るイメージですね。
実際に「ヒット」がポコポコと出て、それを積み重ねた結果、大きな成果につながったのだと思います。また、特定のSNSプラットフォームに集中するのではなく、SNS運用担当者がワンオペでも全方向に注力して運用を続けてきたことが、結果的に良かったのではないでしょうか。
ただ最近は、以前と比べて広告なしでは効果が出にくくなってきたと感じています。
X(旧Twitter)の仕様が変わり、FacebookやInstagramもフォロワー以外の人に広がりにくくなって、突破口が少なくなっています。その点、比較的新しいSNSは、新規のフォロワーを広げるアルゴリズムが働いていると感じるので、TikTokを含めなるべく新しいSNSで認知を広げるのは効果的だと思います。
今までのSNS運用を通して何か気づきなどはありましたか?
そうですね。SNSに限らずですが、ターゲットは絞りすぎてはいけないということでしょうか…。
例えば、アートに関心のある層だけを対象に施策を打っても、分母が小さいためインパクトが弱くなります。実際、展覧会の来場者は半分がリピーターで、残りの半分は新規のお客様です。
さらに、展覧会やイベントの内容によって好みが分かれるため、一度来た人が次も来るとは限りません。認知を広げ続けなければ、来館者数は先細ってしまいます。
ターゲットをある程度広げることで、来館者数が増える可能性が高まります。また、アートの普及や新たな関心層の開拓にもつながり、メリットが大きいと感じます。そもそも、美術好きや展覧会好きな方は、こちらが発信しなくても自ら情報をキャッチして足を運んでくださいます。
こうしたコアなファンは、さらに別のコア層に広げてくれるので、運営側は認知拡大に力を注ぐほうが効率的です。つまり、ターゲットは「背中を押せば来てくれそうな人」全員と考えるのが得策だと思います。
実際、展覧会やアート系のイベントは、たとえば、なにかのついでに立ち寄ったり、友人に誘われたりといったように、たまたまスケジュールや都合が合ってとか、目的意識が少ない方も多いんです。
「ちょっと見てみようかな」といった気軽な来館が重要だと考えています。そのため、エリアや年齢層を意識しつつ、深く考えすぎず柔軟に施策を打つようにしていました。
SNS運用で私が一貫して重視してきたのは、「送客」ではなく「創客」です。これまで関心のなかった人たちを新しいお客様にしていくことが、持続可能なビジネスにつながります。
そのためには、SNSらしいライトな情報発信にこだわり、気軽なつながりを増やすことが重要です。この「創客」の考え方こそ、これまでの戦略にマッチしていたと実感しています。
独立されて、これからさらにご活躍の場が広がると感じています。具体的に今後どのような展望をお持ちでしょうか?また、SNS運用を成功に近づけるために大切なことについても教えていただけますか?
今後も、森美術館はじめ、企業SNSのサポートや、プロモーション企画のアドバイスなどをしていきたいと考えています。
独立後に感じたことは、SNSを運用するにしても“代行”や“代理店”ではダメなのですね。やはり中の人にならなくてはいけない。その現場の空気感をどれだけ拾えて、表現できるか、です。
だから、プランを提案して改善ポイントをどうのこうのではなくて、できることはすべてやる、丸ごとやらせてください、というところまで入らないと企業や組織は運用しにくいと思いました。
なので、その点からいえば、組織内でSNSをやっているだけでもう70点は取れているとおもいます。いろいろ工夫しているなら80点です。自分も含めSNS運用で、100点満点はなかなか取れないと思うので、90点以上を目指してコツコツとヒットを打ち続けていくのが成功の秘訣ですよ。
洞田貫さん、ありがとうございました!