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“思い出作り”から始まったショップが大成長。『北欧、暮らしの道具店』と振り返るECの変化と今後

いつも画面越しに見ているネットショップのむこうには、想いのつまった“モノ”とそれを届ける“”たちがいます。このコーナーでは、知られざる商品開発ストーリーやお店の裏側に迫る現場レポートをお届けします。
今回ご紹介するショップ
北欧をはじめとするさまざまな国で作られた雑貨・インテリアなど、暮らしが楽しくなるアイテムを届けるセレクトショップ。2007年の開店以来多くのファンに愛され、2014年には「カラーミーショップ大賞」第1回大賞を受賞。その後はカラーミーショップを卒業し、自社システムでの運営へと移行されました。
今回は、代表の青木 耕平さんとともに15年間のEC運営やデジタルの変化を振り返りながら、お店のターニングポイント、日頃の心構え、今後の展開などについてお話を伺います。

会社を畳む寸前の「思い出旅行」がショップ開店のきっかけに

まずは創業のきっかけについてお伺いしたいのですが、青木さんはフリーターだった時期もあるとか…?

積極的にフリーターを選んだというよりは、ボーッとしてたらそうなっちゃった感じで(笑)あんまり深い理由はないんですよね。その後はしっかり働いた時期もありましたが、長年ちゃんとやってきた人たちと同じレールで競争し続けるのはちょっとしんどいぞ、と。みんなより遅れて頑張りはじめた自分が今さら追いつけるほど能力にも根性にも自信がないので、何か違う道はないかと考えていましたね。「起業」という選択肢に気付いたのは20代の終わり頃。その後クラシコム(『北欧、暮らしの道具店』の運営会社)を立ち上げたのは34歳のときでした。

創業当初から、北欧雑貨を取り扱っていたのでしょうか?

最初はまったく別の事業からでした。今でいう『Airbnb』にちょっと似た賃貸不動産のCtoCサービスを立ち上げたはいいものの、僕に力量が全然なくて、失敗したというよりは何も起こらず……リリース後すぐに“そっ閉じ”してしまいました。

そこから現在の『北欧、暮らしの道具店』に舵を切ったのにはどんな理由が?

当時、僕の事業を手伝っていた妹(現『北欧、暮らしの道具店』店長・佐藤友子さん)が初めて北欧を訪れ「すごくよかった」「もう一度行きたい」としきりに言ってたんですよ。僕の会社のお金は残すところあと100万少々、放っておいても3~4カ月後にはなくなっちゃう。だったら最後に北欧旅行でもして思い出作って終わろうか、と。兄の起業に付き合わされた妹にも申し訳ない気持ちがあったので、そんなノリでスウェーデン・ストックホルムへ行くことにしたわけです。

クラシコムジャーナル『社史』より引用

とはいえ、ノリで決めてから実際行くまでにはちょっと正気に戻るじゃないですか(笑)。せめて使ったお金を取り戻すくらいのことはしたいなと思って、何か向こうで買ってきて日本で売れそうなものはないのか?と妹に聞いてみたら、彼女の趣味でもある「北欧ヴィンテージ食器」という答えが返ってきて。日本で探してもなかなか見つからないけど、現地ではかなり格安でいいものが手に入ることがわかったんです。だったらそれを買えるだけ買ってきてネットで売れば交通費くらいは取り戻せるだろうと、カード限度額いっぱいまで食器を買いました。

ずいぶん思い切りましたね。

包み方も知らないまま日本に送ったから、届いたら半分以上は割れちゃってたんですけどね。
でも人気があって優れた商品だとは分かっていたので、どうにか今後につなげられないかと思ったのがネットショップ開店のきっかけでした。たとえ商品がすぐに売り切れても、再入荷情報をメルマガで配信すれば顧客を獲得できそうでしたから。僕が使い始めた当初のカラーミーショップは非常にシンプルな機能だけの小さなサービスでしたけど、「ロリポップ!の会社がやってるんだ」みたいな認識で登録したのを覚えています。

ショップを開店してみて、初めて「売れる感覚」を味わったのはいつでしたか。

最初はどうせ誰も来ないだろうと思ってたから、いわゆるメンテナンスモードではなく公開状態のままショップを作ってたんですよね。でもなぜか作ってるそばから注文が入ってきちゃって。注文をくれた人たちに「すみません! 販売開始はまだなんです! メルマガ登録しておいてください!」とか言いながら準備してたので、これは相当探し求めている人がいそうだなと。本格的なオープンまでの間にメルマガ会員になってくれた方々が数十人、もう「待ってました」という勢いがありましたね。

よく皆さんから「最初はどうやって売れたの?」と聞かれますが、たまたま僕らの扱っていた北欧ヴィンテージ食器が極端に供給過少だっただけなんです。熱心に探しているお客さまにぴったりハマる商品をご提案できればすぐに売れるような状況でしたから、そういう意味では「自分たちを知ってもらう」とか「どうすればもっと売れるのか」で苦しんだ時代が僕らには一日もなくて。むしろ、当時みんなが探し回っている商材を「どうやって次の在庫を持ってくるか」という問題のほうがはるかに難易度が高かった。結局、北欧3カ国で現地採用したバイヤーさんを8人くらい抱えて、開店から約2年間ヴィンテージ品を取り扱っていました。

僕らのお客さんがいずれ欲しがるものを、先回りで作る

北欧食器のコアなファンだけでなく、多くの人にお店が知られていくようになったターニングポイントはどこにありましたか?

世間の流れを俯瞰して考えると、僕らが創業した翌年の2008年に初のスマートフォン『iPhone 3G』が登場しました。その後、2011年の震災をきっかけにSNSの存在感が増大し、「SNSを使う装置」としてのスマホが急激に広まっていきましたよね。

それまでのEC業界は「パソコン×検索」が主戦場で、2000年代前半から始めていた人たちだけが勝てる世界でした。一方で後発組の僕らは、創業と同時期に生まれた「スマホ×SNS」の世界観のほうがハマりやすかったんです。パソコン×検索で時代を築いた人たちが伸び悩む中、そっちにレガシーのない僕らはSNSという未開の地でのコンテンツ発信に注力できました。

なぜコンテンツ施策に注力しようと考えたのでしょうか?

初期のSNSには、多くの人に興味を持たれるようなコンテンツが不足していたんですよね。特にショップのアカウントからそういったものが流れてくることはほとんどありませんでした。ネットショップの世界では「広告費をかける」「SEO対策に力を入れる」のほかに「魅力的なコンテンツを発信する」という成功パターンも生まれていきましたが、僕らとしてはその状況を予想していたというより、たまたま時代の流れにフィットする状況にあった感覚です。

思えば、需給バランスが崩れていたヴィンテージ食器の供給ルートを開発したときから、僕らにずっと共通しているのは「お客さんがいずれ欲しがるものを用意して待っていよう」という発想です。SNSユーザーに向けたコンテンツ発信も、最近ではYouTubeを使った動画コンテンツもそう。僕らがYouTubeでオリジナルドラマを作りはじめた2018年当時、周囲はYouTuberの成功パターンをいかに真似するかを考えていました。一方、うちの30~50代のお客さまはYouTubeにまだ馴染みがなかったけれど、いずれ見るようになるそのときにお客さまが見たくなるコンテンツを先に作っておこうよ、と。その後、コロナ禍で思いがけず多くの人がYouTubeを見る生活になった頃には、動画コンテンツを作るケイパビリティ(組織的能力)が十分に備わっていたこともあって、一気にチャンネル登録者数が増えました。コロナ禍の前は10万人くらいの規模だったチャンネルが47.4万人(2021年12月現在)に。

その先回りの発想……すごいですね。
そういえばコロナ禍前に北欧さんが始めたラジオコンテンツも、最初は驚きましたが今ではよく聴いています。テレワークのBGMにちょうどよくて。

人と気軽におしゃべりをする時間が減ってしまったので「聴いているだけで会話の輪に入った感覚になれる」とおっしゃっていただくことが増えました。『チャポンと行こう!』は今でこそ月間40万回くらい再生される人気コンテンツになりましたが、実はこれ僕は大反対してたんですよね。「あんまりやりすぎるなよ」とか言って(笑)。

青木さんはラジオに反対だったとは意外です…! ちなみに、これまでに「あれは大失敗だった」と思うような施策はありますか。

ほとんどの施策は当たらないので、そういう意味での失敗はたくさんありますね。
でも逆に言うと、そもそも大きく始めてないと「大失敗」なんてできないじゃないですか。僕らの場合、大きく始めることはほとんどありませんから。クラシコムの最初の事業もそうですが、いつもコソ~っと始めるから、失敗というよりは何も起きずに終わっちゃうんです。

大失敗するのって実はすごく難しいこと。ある意味、大失敗できる人のほうが実力はあるのかもしれません。それだけ大きなリソースを動かせる、社運を賭けた意思決定をする胆力があるということなので。

なるほど。

失敗を「思い通りにいかないこと」と定義するなら、もう山ほどありますよ。
先ほどのラジオのように、僕からしたら「こんなの無理だろ……でも社内が盛り上がってるから少しだけやらせてみるか……」と思う施策に限ってうまくいくことのほうが多いので、社内では「青木さんが反対してるならいけそうじゃない?」っていう変な空気が流れるくらいです。インスタ始めるときも、僕は「投稿にリンクできないんでしょ? やる意味ないよ~」なんて言ってましたから(笑)。

インスタにも反対だったんですね(笑)。

そう(笑)ただ、当たりのシグナルを掴むのは速いです。自分たちで施策を動かしながらずっと見ているうちに「ちょっと風向きが変わってきたな」「3か月前とは様子が違うぞ」と。大当たりする少し前に、急速に伸びてはいなくても徐々に様子が変わってきたのが感じられる瞬間があるので、そのときから少しずつリソースを投入していく感じですね。

どの施策にも言えることですが、「これで一発当てよう」と意気込んで始めるのではなく、いろいろやってみる中でどれかが当たれば一生懸命やるし、しばらく当たらなければ“そっ閉じ”しちゃう。なので何がうまくいくのかきちんと予測できたことは一度もないんですよね。

最初は必ずセオリー通りに動いてみてほしい

ネットショップオーナーとしてやったほうがいいこと、逆にやらないほうがいいと思うことはありますか。

僕はネットショップに限らず、何か新しいことを始めるときはまず『初めての○○』みたいな本を買ってくるようにしています。「こうするのが正しいんだよ」というセオリーをコンパクトに教えてくれる存在を最初に探すんです。
たとえばその本に「ネットショップ運営者ならコレが鉄則!」と書かれていたとして、そのやり方には違和感を抱くことも当然あります。それでもまずは書いてある通りにやってみる。経験した上で否定するのは自由だけど、セオリーを知りもせず「これは俺のやり方じゃない」といって自己流でやっちゃうと、それが成功か失敗かの判断もできないですからね。

まず基本を知ることは大事ですよね。

僕らがカラーミーショップでお店を始めるときも『初めてのネットショップ』みたいな本を買いました。ところが、いろいろな有名店を見てみても、本に登場する「鉄則」をすべて実践しているショップは1軒もなかったんですよね。シンプルな鉄則をすべて取り入れてみるだけでも案外勝てるんじゃないか?とそのとき思いました。
「自分はこういうことをやりたい」といった独自の考え方は持っておくべきですが、世間一般で言われているセオリーは無視しないこと。未経験の自分よりは著者のほうが当然詳しいはずなので、最初はその人の言うことを素直に聞いてみたらいいんです。まずはきちんと学んで、小さく試してみる。最初は違和感を覚えても後々これは大切だったと気付くことはたくさんあるので、基礎を一通り学ぶフェーズが必要だと思います。

自分のやりかたを決めつけず、まずはセオリー通りに。

そうですね。いわゆる守破離の「守」から始めてみて、ある程度自分で一通り経験できたら、自分らしくやっていくにはどうすればいいのかを考える。これが「破」のフェーズですが、うまくいかないこともたくさんあります。でも小さく始めておけば、どうせ失敗しても“そっ閉じ”するだけです。いろいろ試してみた上で、自分のショップはこうしたほうがよさそうだと気付いたものがオリジナル。守破離の「離」になるのだと僕は思っています。

なんだか、今日は“そっ閉じ”というワードが心に残りそうです。

いつでも“そっ閉じ”できるように、始めるときは大々的に宣伝しないのがコツです(笑)。
バーンとリリース打って「こんなこと始めます!」と宣言したあとにクローズするのって、なんだか恥ずかしいじゃないですか。その恥ずかしさが一瞬の意思決定を遅らせたり、やらなくてもいいことを長く続けてしまったりするし。
だからなるべく静かにそ~っと始めて、ある程度うまくいく見通しが立ってから「実はこんなことを始めてて最近好調です」と言えたほうがいい。どうすれば成功できるかはわからないけど、どうすれば失敗の痛みを軽減できるかだけはわかるので、僕らは失敗しないように……というか痛くないようにやってます。そこだけは常に注意してますね。

失敗から立ち直ったり、ご自身をポジティブに高めるような心構えはありますか?

うーん……僕っていつでも憂鬱なんですよ。毎日「めんどくせえな、嫌だな、憂鬱だな」ってため息とともに布団から出て、ため息とともに眠ってる(苦笑)。なので元気でいなくても仕事ができる状況を作っておくようにはしています。僕は元気のないときにヘマをすることは少ないけど、珍しくノッててテンションが高いと変な意思決定をしちゃうことがあるので。ネガティブで自信がないままでも仕事はできるし、気分やテンションに成果が左右されにくくもなります。元気じゃなきゃダメだなんて、誰が決めたの?とも思いますね。

多少ローテンションなくらいがちょうどいいのでしょうか。

人によるんでしょうけどね。僕自身は元気でいなきゃと言われ続けるほうがしんどいです。
あと、元気な人には「元気にしてもらいたい人」がたくさん寄ってくるけど、僕みたいに元気のない人には「元気にしてあげたい人」が寄ってきてくれる。僕としては断然、後者がそばにいてほしいですからね(笑)。

『北欧、暮らしの道具店』が見据える次の領域とは

『北欧、暮らしの道具店』やクラシコムという会社を、今後どのように展開させていきたいですか。

僕らは経営方針として「自由・平和・希望」を掲げていますが、それって健やかで持続可能性があるということだと思うんです。とはいえ、自分たちが同じ価値を守り抜いたとしても世の中は日々刻々と変化するし、持続可能性は自然にどんどん薄れていくもの。疲れちゃうし面倒くさいけれど、常に変わっていかないといけないですよね。自分たちの意思決定の自由を担保でき、無用な競争に巻き込まれずに済み、少し先の未来に希望を感じられる状態をできるだけ長く維持したいと考えています。

ありがとうございます。北欧のヴィンテージ食器を日本で販売したり、SNS時代の到来とともに多くのコンテンツを展開したりと、北欧さんは「もともとそこになかったものを新しく供給する」ことが得意な印象を受けました。最後に、青木さんが今手応えを感じている新しい領域はありますか。

それがねえ……いったん出尽くしちゃったんですよね。

あらっ。

新しい事業を油田に例えるなら、現場が一番盛り上がるのは油がどんどん湧出してくる時期ですが、経営者として安心できるのは「手持ちの油田からたくさん油が出ること」ではなく、もしここが枯れても次の油田、さらに次の油田をちゃんと見つけられている状態なんです。だけど今は手持ちの油田が全部出払っちゃってる。組織のケイパビリティが高まれば油の産出量も上がり、一度に試せることが増えるから、みんな油を上げながら「次の油田はどこかな?」と僕のほうをチラチラ伺っていて、それが怖いんですよね(苦笑)。

スマートフォンが行き渡り、SNSもすでに広がった今「次なる分野は何なのか」とは経営者にとって非常に難しい質問です。ただ、これまでのインターネットの歴史を振り返ると、マーケティングノウハウを持つ会社、コンテンツ制作に強い会社が勝った時代があり、その流れとして今後は「IP(知的財産権)」を持っているかどうかが会社を左右していくかもしれない。そんな認識のもと、数年前から僕らは映画やWebドラマの制作を手がけているんですけど。

「IP」ですか。

要はマーケティングやコンテンツ制作のノウハウがどんどん一般化していく中、他社がそう簡単に追従できないところに自分たちの軸足を置く必要がある。それで大成功を収めるというよりは、自分たちの陣地を守り続けるための新しい武器を持つことが、今後の成果を分ける要因になると思っていて。
少なくとも、僕らのようにECを主軸とした事業者の中で、権利収益が一定程度発生するレベルのコンテンツを継続的にストックできている会社は現状ほとんど存在しません。これを一つの勝ち筋に……とまではいかなくとも、今まで通りにやっていくためにはそこまで見据えなきゃいけないなと考えているところですね。

学びの多いお話をたくさん伺えました。今後の北欧さんの展開がとても楽しみです、今日はありがとうございました!