
一対一の顧客コミュニケーションを追求。長野「ヤマとカワ珈琲店」が届ける豊かなコーヒー体験
目次
「自分の力を試したい」会社員から自営業への転身
まずは開業してお店を立ち上げたきっかけを教えてください。
きっかけは、単純に「会社をやめて自営業がしたい」っていうのがスタートでした。雇われる立場よりは自営業をするほうが、なんとなく自分には向いてるんじゃないかと思って。じゃあ何をする?と考えてみたとき、自分の好きなものなら長く続けられる気がしたので、コーヒー屋になりました。

「自営業のほうが向いている」と思ったのはなぜですか?
前職が建築資材メーカーで、僕は名古屋で勤務していました。とにかく建物が建てばモノが売れていく業界ですから、たとえば東京オリンピック開催で建築ラッシュになると自社の資材が売れて、その時期たまたま東京にいた営業担当が売上で表彰される……そんな感じだったので、「これって自分の実力じゃないよな」と思うようになって。純粋に自分の力を試してみたくなったし、自分で舵を取れる商売のほうが、納得のいく人生になるような気がして。
周囲や環境に左右されず、自分でコントロールできる仕事に魅力を感じたのですね。
その通りです。もちろん、自営業をやっていても周囲の影響は受けるし、いろんな人に助けてもらってばかりなんですけどね。当時は若かったので、モヤモヤを周りのせいにしていた面はあるかもしれません。
退職後、長野で開業されたのはなぜですか?
名古屋でやるか、地元の大阪で店を始めるか迷っていたタイミングで、知人が「長野市で古い空き家を改装してお店にする人が増えてきてるよ」と教えてくれて、ちょっとおもしろそうだなと。
実際それを聞いて遊びに行ってみると、地域としてこれから盛り上がっていく可能性を感じたし、古い空き家自体も相当リーズナブルに借りられそうだったんです。大阪で開店する想定よりもはるかに安く、自己資金だけで少ないリスクで始められると思ったので長野に移り住みました。

カフェスペースの廃止を機にECサイト開設
開店当初はカフェとしても営業されていたそうですね。
はい。当時は「店頭で飲んで気に入った豆を買える」という業態が一番いいだろうと考えて、店内に有料のカフェスペースを設けましたが、開店から3年が経ったタイミングで廃止しました。

カフェをやめて、豆の販売に専念されたのですか。
そうなんです。もともと豆を売りたかったけどカフェのほうが忙しくなり、豆を買いに来てくれたお客さまへの接客が思うようにできなくなってしまったのが理由としては大きいですね。常連さんとコミュニケーションをとろうとしても、「忙しそうだから」と遠慮されちゃってるのが明らかだったので、カフェスペースをやめたほうが自分のやりたいことができると判断しました。
ただ、カフェをやめたことで一時的に売上は落ちてしまったので、販路を広げるためにも、空き時間を使ってECサイトを作ってみることにしたんです。
サイトは自作されたのでしょうか。
はい。お客さまにコーヒーの淹れ方などを丁寧に伝えたかったので、WordPressで半分ブログのようなホームページを立ち上げて、独自のコンテンツを作っていました。そこにプラグインでカート機能をつけて、ECサイトとしても利用できるようにしたのが始まりですね。
最初はそれほど売れないだろうと思い、月額費用や手数料などのコストを抑えるためにも、決済方法は銀行振込だけにしていました。ですが徐々にお客さまが増えてくるにつれて振込確認作業に手間を感じるようになり、クレジットカード決済も導入したくなったので、カラーミーショップに移行しました。
カートサービスがいくつもある中で、カラーミーショップへの移行を決めたのはなぜですか。
商品ページのカスタマイズ性が高かったことが決め手になりました。
もともとWordPressで作っていたコンテンツの雰囲気をいきなり「ECサイトっぽく」変えてしまうのには違和感があり、ブログっぽいイメージのまま商品をご紹介できればなと思っていて。
無料カートサービスではページの冒頭部分にしか商品写真を入れられないのがネックだったので、テキストの間にも画像を入れられるカラーミーショップが僕の理想にマッチしたんです。
商品ページをカスタマイズすることで、これまでのブランドイメージをそのまま活かせそうだと感じられたのですね。

ヤマとカワ珈琲店の商品ページ
顧客との距離を縮める生配信とLINE運用
ECサイトで売上が伸びたタイミングはいつ頃でしょうか?
急激に伸びたのはやっぱりコロナ禍のタイミングですね。制作会社さんに依頼してサイトをリニューアルしたのもちょうどこの時期でした。
Instagramに「リール機能」がついたのが2020年の夏頃だったと思いますが、リールとコーヒーがうまくハマったのか、新規のフォロワーやお客さまがついたことも後押しとなりました。
インスタといえば、川下さんは朝から生配信(インスタライブ)をされることが多いですよね。
当初、ストーリーで「何時ごろだったら配信見れますか?」とフォロワーさんに聞いてみたところ「20~21時」っていうリアクションがけっこう多かったんですよね。でも、いつも夕方ごろには終業モードに入っちゃう僕としては、配信のために週1~2回も夜に時間を作るのはちょっとしんどいかもな……と思ったんです。
僕の場合はむしろ朝早くから動きだすことが多いし、どうせ毎朝コーヒーを淹れて飲むので、僕が淹れてる様子を見せるだけのインスタライブを始めることにしました。気合いを入れて毎回イベントっぽく取り組むのではなく、自分のために淹れるついでにちょっと説明するくらいのノリのほうが続けやすいだろうなと。そのスタイルがだんだん馴染んできて今に至る感じですね。

当初から現在のような配信スタイルだったのでしょうか?
最初の1か月は「何日何時からやります」とも言わず、割とゲリラ的に配信してたんです。いっそ誰も見てなくていいから、まずは「部屋の中で一人で喋る」っていう環境と状況に慣れるためだけに、とりあえずやってみる感じでしたね。自分の姿を映すのが恥ずかしかったので手元だけ映して、急にコーヒーを淹れ始める様子を流して、そこから徐々にトークも入れていって。
そのうち少しずつ視聴者さんからコメントをいただけるようになったけど、スマホはずっと手元を映してるからコメントがまったく読めないっていう……(笑)。そんな週1~2回のゲリラ配信を1か月くらい続けて、少しずつ慣れてきた頃に思い切って今のスタイルに切り替えました。
段階的に今のスタイルに慣れていったのですね。話のネタはどのように用意していますか。
事前に台本を用意するのではなく、「この間、お客さまからこんな質問をいただいたので」とか、LINEでお客さまからお寄せいただいたリクエストにお応えすることが多いですね。
インスタライブだけでなく、LINEでもお客さまとコミュニケーションされているのですね。LINEでは主にどんなことを発信していますか?
基本的にはお客さまの役に立つ情報、プラス新しい豆が出たりとかの入荷情報ですね。こちらからの発信は週1~2回程度なんですけど、商品に関する質問やご相談も受け付けているので、基本的にはお客さまとの1対1のやり取りのほうが圧倒的に多いです。
よくいただくのは淹れ方についての質問とか、あとはシンプルに「これおいしかったよ」といった感想が多いですね。定期便をご利用のお客さまからは「次回はこういう商品に変えてほしい」っていうリクエストも来ますし、けっこう皆さん気軽にいろいろ送ってくださいますね。
かなり密にやり取りをされていますね! 川下さん一人で対応するのは大変そうですが、一日何時間ぐらいLINEの返信作業を行っていますか。
うーん、どれくらいでしょうね。まとめて返信するというよりは、気付いたときに都度返すことが多いので、早朝・夜間を避ける以外には特に時間帯も定めていません。
もちろん「そんなの大変だからできない」っていうショップオーナーさまは多そうな仕事ですが、僕としてはそれほど苦じゃないかな。ありがたいことに今は店頭での接客や商品発送、焙煎作業をスタッフが手伝ってくれていて、僕はECでお客さまとの関係性作りに専念できる環境にあるので。
密なコミュニケーションがお客さまに喜んでもらえて、結果として明らかにLINE経由で商品が売れているので、やってよかったと思っています。

トップページ=「初めての方専用の入口」に
SNSや広告で獲得した新規のお客さまを購買へ導く上で、特に効果的だった施策はありますか。
以前のトップページは、ファーストビューをスライドショー形式にして、「夏のギフト」や「今月のブレンドは〇〇です」などのバナーを流していました。そこに深い理由やこだわりはなくて、多くのECサイトがそういう構成だったからウチもそうしていたのですが、ふと「トップページって誰にどう見られているんだろう?」と気になったんですよね。
きちんと調べてみたところ、トップページへのアクセスは広告からのランディングがほとんどで、リピーターの方はトップページをほとんど通っていなかった。そこで「もしかしてトップページって新規の方しか見ないのかも?」と気付きました。
だったら「今月のブレンド」などではなく「初めての方にはコレ!」という商品をわかりやすく示してあげたほうが、新規のお客さまは次のアクションを選びやすいだろうなと。そこで送料無料の「お試しセット」を用意してトップページに導線を敷いたのですが、これはけっこう効果が見られましたね。

「初めての方はここを押してください」と示してもらえたほうが、心理的にも迷わずに済みますね。
そうですね。以前はトップページを経由してさまざまなルートでコンバージョンが見られ、それもある意味いいことなのかもしれませんが、逆に言えば“迷っている”側面も少なからずあったと思います。
リピーターはトップページを通らないという事実が判明した以上、いっそトップページには「初めての方専用の入口」を作るイメージで導線を敷いたほうがわかりやすくなります。実際にそれで購入率がけっこう上がりましたし。
では、新規のお客さまをリピーターにするために、どのように関係性をつなぎとめていますか。
購入してくださった方には「LINEに登録してくださいね」というメッセージを、購入完了メール、発送通知メール、メルマガなどで都度アピールしています。頃合いを見て次回の購入を後押しするステップ配信を設計しているので、まずはLINEかメルマガのどちらかに登録してもらえるよう、いろんなところにリンクを貼って促している状況です。
ECサイトを運営する中で、日頃参考にしているショップやサイトはありますか。
買いやすさや導線の面ではAmazonを参考にすることが多いですね。似たようなサイトにするつもりはないですが、一度気になった人にきちんと情報を届けられる設計はとてもわかりやすいですからね。
あとはやっぱり「カラーミーショップ大賞」で受賞されたショップさんはよく覗きに行きますね。アパレルECなど、ジャンルの異なるサイトは特に参考になります。コーヒー屋にはない視点で運営されているので、インスタライブもこんなふうにしたらわかりやすいかな?とか思いながら見ていますよ。
異なる商材のショップからヒントを得ているのですね。
そうですね。自分と違う業界のショップのほうが、自分にない視点が得られるような気がします。
「コーヒーだけ」に囚われすぎない事業観を
今後、ECサイトや事業をどのように伸ばしていきたいですか。
ECの売上は年々伸びていますが、まだまだやりたいことは全然叶えられていないですね。
うちは「コーヒーの時間を届ける」というコンセプトの通り、ただおいしい豆を届けるだけでなく、コーヒーの時間をいかに体験し、楽しんでもらうかまでを大切にしています。
現状「淹れ方」に関するコンテンツは充実していますが、たとえば作家さんのつくったうつわなど、コーヒーの時間がさらに楽しくなるアイテムをご提案する企画なども展開できるはずなので、いずれそういう企画展を開催できればと考えています。加えて、実店舗とECサイトのつながりも強化したいので、これまで以上にLINEなどを活用できるといいですね。

地域や業界で、川下さんご自身が目指したいポジションはありますか。
僕らが暮らしている地域の高齢化や人口減少などの問題を考えたとき、少しでもこの地域に雇用を生み出せるような店にしていけるのが理想ですね。今後ECでの受注がさらに増えればより多くのスタッフを雇えるので、売上をもっと伸ばせるよう頑張りたいです。
業界内でこうありたいという目標はないですが……国際情勢や気候の変動次第では、今後この国でなかなかコーヒーが飲めなくなる未来がくるかもしれないと思っていて。
どうしても輸入に依存せざるを得ないものなので、他の国が経済的に強くなれば必然的にコーヒーの奪い合いが起こるし、結果として日本にいい豆が入ってこなくなる可能性は十分考えられます。今まさに中国がコーヒーをかなり買うようになっていますからね。なので、あまり頑なに「コーヒーだけ」でやっていくつもりでいないほうがいいだろうな…と思っているところです。
柔軟な事業観をお持ちなんですね。
「コーヒーをやりたい」より先に「自営業をやりたい」という思いからスタートした事業ですからね。もちろんコーヒーは大好きですが、コーヒーじゃなきゃ絶対にダメ!っていう感覚はないんです。もし万が一今後コーヒーが仕入れられなくなってしまったら、「じゃあ他のことやるか」と切り替えれる自信はあります。

今後新たに他の事業を始める予定も?
現状そこまではあまり考えていません。少なくとも今後10年はコーヒーのECサイトを続けながら、個人的には地元企業さんのEC支援にも取り組みたいと思っています。
最近は地元でセミナー登壇もされていますよね。
そうですね。10年間コーヒー屋を営む中で、LINEやインスタのフォロワーが徐々に増えてきたことで「どうやってるの?」と周囲に聞かれることが多くなりまして。さらにカラーミーショップ大賞で受賞したこともあって登壇の機会をいただけるようになりました。
これまでの経験を話すことが誰かに喜ばれるのはなんだかおもしろいし、嬉しいですね。実際の運営ノウハウを講座にする取り組みがまだ少ないらしく、その点で地元の商工会議所さんに興味を持ってもらえたようです。
今後10年を見据えて今以上に楽しく生きていくには、僕自身もっといろんな業界のことを知りたいなと思っています。コーヒー屋のやり方だけでなく、いろんな業界のセオリーをコーヒーで試してみたらどうなるのか気になるし、その取り組みが自分の店にとってもプラスの影響になるかもしれません。県内のいろんな企業さんともつながってみたいですね。
今日は素敵なお話をありがとうございました!
