「ストーリーブランディング」は、ECの運営においても効果的なブランディング手法です。人の心を動かすストーリーは、消費者の買いたい気持ちを醸成するのに役立ちます。
今回は、コピーライターの川上徹也さんが提唱する「ストーリーブランディング」の手法や効果について、詳しく伺いました。
大阪大学人間科学部卒業後、大手広告代理店勤務を経て独立。50社以上の広告制作や各種プロジェクトに携わる。 東京コピーライターズクラブ新人賞、フジサンケイグループ広告大賞制作者賞、広告電通賞、ACC賞など受賞歴多数。特に企業や団体の「理念」を1行に凝縮して旗印として掲げる「川上コピー」が得意分野。
「物語」の持つ力をマーケティングに取り入れた「ストーリーブランディング」という独自の手法を開発した第一人者として知られ、さまざまな企業や団体のブランディングサポートや広告・広報アドバイザーをつとめる。また現在は「企業」「団体」「地域」などが本来持っている価値を見える化し輝く方法を、個別のアドバイスや講演・執筆を通じて提供している。
著書は『物を売るバカ』『1行バカ売れ』(角川新書)、『キャッチコピー力の基本』(日本実業出版社)『ザ・殺し文句』(新潮新書)、『一言力』(幻冬舎新書)、『川上から始めよ』(ちくま新書)、『売れないものを売る方法? そんなものがほんとにあるなら教えてください』(SB新書)他計48冊。累計70万部突破。海外(台湾・中国・韓国・ロシア)においても24冊が翻訳されている。
自己紹介をお願いします
川上さんの自己紹介をおねがいします
コピーライターで、湘南ストーリーブランディング研究所の代表をしており「言葉と物語の力で会社、商品、個人を輝かせる」という仕事をやっています。
また執筆活動もしていて、最初の本を出してから今年の秋で15周年を迎えます。今年の4月に上梓した『ストーリーブランディング100の法則』を含めてこれまで48冊を出版し、そのうちの24冊は翻訳され、海外でも発売されています。
ありがとうございます。大変多くの書籍を出版してきた中で、今回「ストーリーブランディング」をタイトルにした書籍を出版されたのはなぜですか。
「ストーリーブランディング」は、15年前に出版した私のデビュー作『仕事はストーリーで動かそう』という本の中で提唱した概念(ブランディングの手法)です。
2014年に『物を売るバカ』を角川新書から出したのを最後に、真正面から「ストーリーブランディング」について取り上げた本を書いていないなとふと気がついて、改めて体系的にわかりやすくまとめた本を単行本で出版しました。
「ストーリーブランディング」とは
ストーリーブランディングとはいったいどういうものなのでしょうか。ブランディングとは異なりますか
広告会社や制作会社、コンサルティング会社が言う「ブランディング(リブランディング)」は、デザインを刷新して表面的にどう着飾るかを重視することが多いのに対して、「ストーリーブランディング」は、普段着のまま内面からにじみ出る魅力を打ち出すものです。
リブランディングにより見た目をガラリと変えて瞬間的に成果が出たとしても、本質的な部分が輝いていなければ効果は落ちてしまいます。わかりやすい例でいうと、昔ながらのお店が改装して前よりキレイになったけれど、持ち味が消えてしまい、結果的に魅力が失われることもあります。
表面を取り繕うようなブランディングを行なうとメッキが剥がれることが多いので、見かけ重視ではなく、企業でも商品でも個人でも本来の輝きがどこかを追求して、ストーリーをしっかり伝えるブランディングを行なうことが大事です。
なるほど。商品が誕生した経緯や商品への想いを伝えることで共感を得てファンを獲得するというお話もききます。ストーリーブランディングにはどんな効果がありますか?
人類は太古の昔から物語(ストーリー)が大好きです。今でも小説や漫画、ドラマ、映画、アニメといろいろな物語があふれていますよね。人類がストーリーを語りはじめた時期については明確にはわかっていませんが、洞窟に暮らしていた時代に、狩りから帰った男たちが家族に狩猟体験を語ったことが始まりではないかといわれています。
「今日あったこと1・・・、2・・・」という話し方をするより、自分を主人公にした武勇伝を熱く語ったほうが相手の感情を揺さぶるんですよね。人は感情が揺さぶられると記憶に残り、記憶に残ると誰かに話したくなります。そのため、神話や民話など多様なストーリーが語り継がれてきたのでしょう。
つまり、伝承にもっとも優れた方法だからこそ、ストーリーが好まれるようになったと考えられます。
この「人類はストーリーが好き」という性質を利用したものがストーリーブランディングで、お客さんの感情を揺さぶり、買いたい気持ちを醸成するのに効果的な手法として提唱しています。
ストーリーブランディングがもっとも役立つのはどういういった場面ですか?
消費には、「理性的消費」と「感情的消費」の2種類があり、ストーリーブランディングは感情的消費で役立ちます。
理性的消費は、価格の安さと品質のよさを合理的に判断するコスパ重視の消費スタイルを指し、感情的消費は、推しているタレントやアイドルの関連商品、サッカーや野球チームのグッズ、観光地のお土産など、実用的ではないけれどなぜかほしくなって買うような消費スタイルを指します。
理性的消費では価格競争や品質競争になりやすいため大規模な企業に圧倒的に有利で、小規模の会社やお店ではなかなか勝つことができません。なので、トップ企業でない限りは、人の心を動かすストーリーを武器にして感情的消費をめざすべきだと思います。
ストーリーブランディングの作り方
ECを構成するものには「運営者」「お店」「商品」など、ストーリーを語れるものが複数ありますが、複数のストーリーが存在してもよいものでしょうか?どれをメインにすると良いのでしょうか?
ひとつに搾る必要はありません。複数のストーリーを語ってもいいと思います。並行して発信することで、重層化されたストーリーによる相乗効果が生まれます。
ひとつ意識してほしいのは、どんなストーリーであれ主人公は必ず「人」であること。基本的に人が登場しなければ、人を惹きつけるストーリーにはなりません。商品ひとつ取っても、開発者や販売員、購入者などあらゆるレイヤーで人が絡んでいます。
人がいるからこそストーリーが生まれ、そのストーリーに惹かれた人がファンになっていくのです。
ストーリーはどのように見つけるのでしょうか?
ECをはじめ事業活動で語れるストーリーは、大きく川上、川中、川下の3つに分けて考えられます。「なぜこのショップを開いたのか」といった理念や志を表すストーリーは上流の川上にあたり、商品開発秘話やPRなどは川中、販売段階でお客さんに商品の魅力を伝えるためのストーリーは川下にあたります。
コンサルティング的に考えると、川上から始めて川中、川下へと流れていくのがセオリーですが、川上の理念や志を象徴する具体的なエピソードが見つからない場合は、逆に川下から始めても大丈夫です。
手を替え品を替え、おもしろそうなことを試してにぎわいを作るなかで、理念にリンクするストーリーが見つかるかもしれません。
よく「屋台の焼きそば理論」と称してお伝えしているのですが、屋台の焼きそばがおいしい理由は鉄板が熱いからです。どんなにいい素材を使っても鉄板が熱くなければおいしい焼きそばは作れません。ECも同じで、「これを売ろう!」という熱い気持ちがなければ、川上でいくらカッコいいストーリーを発信しても、お客さんは買いたい気持ちにならないでしょう。
昔も今もそうですが、ヒットしているドラマなどで驚きの展開があるとついつい誰かと共有したくなりますよね。それがストーリーの強いところなので、ありきたりではなく、人の心を動かすストーリーはなにかとよく考えることを大切にしてほしいと思います。
ECでは、そのお店でしか買えないオリジナル商品を扱っているか、ほかでも買える商品を扱っているかで、ストーリーの生まれやすさが大きく変わってきます。当然ながらオリジナル商品は心を動かすストーリーを発信しやすいですが、どこでも買える商品だとストーリーが見つかりにくく、見つかったとしてもありきたりなストーリーになりがちです。売り手がいくら熱く語ったとしても、買い手はネットで
検索して値段の安いほうに流れてしまいます。
後者の場合、商品にまつわるストーリーだけではなかなか成果に結びつかないこともあるため、商品以外のストーリーの種を植えて育てることや、このショップで買うべき理由はなにか、付加価値をつける方法はないかと考えることも必要です。
人は期待値が1%でも上回ると心が動かされてファンになり、誰かに言いたくなるものです。人を惹きつける要素があれば、ほかより高くても「この人から買おう」「このショップで買おう」という動機になるので、商品を送る際に手紙を同梱するなど、ちょっとしたサプライズの方法をぜひ考えてもらえたらと思います。
ストーリーはどのように伝えていけばいいのでしょうか
ストーリーが見つかったら、自社サイトで発信するのが基本です。あとは、こうすれば100%伝わるという法則はないので、SNSで発信するなど思いついたことをどんどん試してみてください。
お金があれば広告を打つなどいろいろな策を講ずることができますが、そうではないなら、買ってくれた人の心を動かして、口コミで誰かに魅力を伝えてもらうことを考えたほうがよいと思います。
ストーリーブランディングの事例
印象的なストーリーブランディングはありますか?
印象的なストーリーブランディングのケースを3つ紹介します。
Case1:「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」のネットショップ
商品のスペックだけを語るのではなく、文中に商品開発者の名前が登場したり、購入したお客さんの感想が載っていたりして、買いたい気持ちが揺さぶられます。
商品だけを出してもなかなか売れないこともあるので、ちょっとでも人を感じるようなストーリーを出せたら強いんじゃないかなと思います。
Case2:よなよなエール(ヤッホーブルーイング)
画期的なファンマーケティングで成長を続けているクラフトビールブランド「よなよなエール」では、現社長をはじめ、いろいろなレイヤーで人が登場し、魅力的なストーリーでファンを増やしてきました。
今も「よなよなエール大学」で、社員がお客さんにクラフトビールの説明をしたり、商品にまつわるエピソードを伝えたり、ファンとの交流イベントを開催してその様子を発信するなど、人を絡めたストーリーで成果を上げています。
Case3:結婚式場(結婚式プロデュース会社)
ある講演会に登壇したときに、「結婚式場ではリピーターが生まれにくいが、どんなサプライズで集客につなげればいいか」と相談を受けたことがあります。
そこで私が提案したのは、結婚式当日の舞台裏の写真を撮っておき、1年後の記念日に「過日はありがとうございました。あの時の気持ちを大切にして、末永く仲のよい夫婦でいてくださいね」と写真を添えて新郎新婦にメールや手紙を送ることです。
利用者はまさか1年後にそんなメッセージが届くとは思っていないので喜びますし、つい誰かに話したくなってリアルやSNSで話題にしてくれるはずです。その人はリピートしなくても、口コミが広がって成果につながる可能性が高まります。
余談ですが、江戸にいた12人の天才起業家たちが編み出した「400年前なのに最先端」のマーケティング戦略をまとめた拙著『400年前なのに最先端! 江戸式マーケ』でも紹介しているのですが、現代で成功しているビジネスモデルの原型はすでに江戸時代にありました。
シェアリングサービスは今急速に普及していますが、もとを辿れば三井高利が生み出した「番傘の無料貸出」に行き着きます。とはいえ、成功した事例だけが現代に伝わっているだけで、実際は失敗した事例のほうが多かったのかもしれません。
手がけたものがすべてヒットするとは限らないので、なにか思いついたら片端から試してみるなど、数多く打つのもひとつの方法だと思います。
ストーリーブランディングでもリブランディングはできる?
ブランディングにはブランドイメージの方向性を変えるリブランディングがありますが、ストーリーブランディングにもリブランディングは存在しますか?また成功させる方法を教えてください。
冒頭でもお伝えしたとおり、通常のリブランディングではロゴやデザインを刷新して一気にイメージを変えることが多いのに対して、ストーリーブランディングでは外側だけを変えるのではなく、今まで訴えてこなかった魅力を内面から掘り起こして訴求します。
もともと備わっている魅力を打ち出すので、本質はそんなに変わりませんが、訴求ポイントが変わるだけで効果が生まれる場合もあります。ぜひ、ストーリーブランディングを加味したリブランディングを検討してみてください。
最後に、ストーリーブランディングをやろう!と思っているEC事業者さんにアドバイスや応援のメッセージをお願いします
ECではストーリーが生まれにくい場合もありますが、誰かに話したくなるような1%の期待値を上回るサプライズを提供し続けていれば、人の心を動かすストーリーが生まれることもあります。
先述のとおり、数少ないタッチポイントである商品送付時に心のこもったメッセージカードを入れるなど、なにかしらの工夫を凝らすことで、口コミを広めてくれるファンの獲得をめざしてもいいかもしれません。
またECサイトやメルマガなどでストーリーを語るときは、どんな言葉を使うかも重要です。自分でじっくりと考えてもいいですし、誰か外部の人の知恵を入れてもいいので、最適な言葉で語るようにしましょう。
『ストーリーブランディング100の法則』では、ストーリーの種の植え方、育て方をたくさん紹介しています。ひとつふたつは必ず「これ、やってみたら成果があるんじゃないかな」と思えるものがあるはずなので、ぜひ本を参考にできるところからスタートして、成果につながる花を咲かせていただけたらなと思います。
川上さんありがとうございました。