OEM中心の業態から、オリジナル製品の製造・販売に注力
はじめに、吉田ヤスリ製作所さんについて教えてください。
吉田ヤスリ製作所は、燕市で120年以上にわたってヤスリの製造を手がけてきました。
当初は工業ヤスリを製造していましたが、戦後に爪ヤスリメーカーへと業態を変え、祖父の代でステンレス製爪ヤスリ専門メーカーとしての基盤を確立しました。父の代に至る頃には職人の高齢化が進みましたが、試行錯誤を繰り返し、技術を結集させた新しい爪ヤスリの形を模索し続けていたようです。
現在は7代目の父と8代目の私が職人として製造業務を行い、母が経理・事務を担当しています。事業形態としては長年OEMがメインでしたが、近年はオリジナルブランド「YOSHIDA YASURI」の製品がECサイトで順調に売上を伸ばしています。
ありがとうございます。吉田さんは8代目としてもともと家業に憧れがあったのでしょうか?
実は30歳になるまで、家業を継ごうだなんて本気で考えたことはありませんでした。
自宅兼工場という環境で父や祖父が働く姿を間近で見て、目立て(※)の音を聞きながら育ったので、家業に入ること自体に違和感はなかったのですが、両親も自分たちの代で会社を畳むつもりでいたようですから、むしろ私が継ぐことは反対されていたくらいです。
職人が一本一本手作業で作り上げるステンレス製爪ヤスリメーカーは、今や全国的にも片手で数えられるほどしかありません。貴重な技術を途絶えさせたくはなかったし、父が元気なうちに学ばなければと思ったので、私が30歳、父が60歳を迎えた節目のタイミングで当時の勤め先を辞め、職人の道へ進むことを決意しました。
燕の金属加工は分業制だそうですが、爪ヤスリも同じですか?
そうですね。まず私たちがヤスリの材料となるステンレス板を仕入れ、プレス(型抜き)、バリ取り研磨、表面研磨、洗いの順にそれぞれの職人さんのもとへ運んで作業してもらいます。燕市内を材料がぐるぐる巡って、最後に目立て屋の私たちがステンレスのボディに目立てを施して仕上げるといった工程です。
オリジナル製品の目立ては、表面3回・裏面3回の計6回行います。1週間かけて1,000~2,000本まとめて同じ方向にヤスリ目を打ち込み、翌週はその逆方向に打ち込む、というような進め方なのですが、OEM製品の製造作業も同時並行で行うため、最終的な仕上げには約6週間かかります。
オリジナル製品とOEM製品の売上比率は、現在どれくらいでしょうか。
現状はだいたい6.5:3.5くらいで、売上はすでにオリジナル製品がOEM製品を上回っています。
高品質な爪ヤスリは海外でも人気が出そうですね。
以前、大手ECモールで海外向け販売に挑戦してみたことがあります。伝統やクラフトマンシップを重んじるヨーロッパでは職人技が評価されやすい一方、合理性が好まれるアメリカでは、価格相応のよさが伝わらなければEC展開はなかなか難しいようです。中国ではそもそもアイテム数が多すぎて広告費をかけないと埋もれてしまうなど、国ごとに事情が異なるのを実感しました。
現在は限られた海外バイヤーさんだけにオリジナル製品を直接卸し、アメリカ・イギリス・フランスの実店舗とECサイトで販売していただいています。そこではマーケティングがうまくいっているようで、手厳しいアメリカでも月に数十本は売れるようになりました。製品のクオリティには自信があるので、売り方とPRの戦略さえしっかりしていれば海外でも通用するのだと思います。
モールで手応えを感じ、自社ECサイトを立ち上げ
ところで、オリジナルブランドを立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか?
私が家業に入って2年ほど経った頃、父にも時間的余裕ができ、オリジナル商品の開発に取りかかれるようになりました。父はずっと吉田ヤスリ製作所を冠した自社製品を作りたいと考えていたのですが、コロナ禍前まではOEM製造に精一杯で、なかなか手をつけることができずにいたんですよね。
念願のオリジナルブランド「YOSHIDA YASURI」には、父が長年かけて磨き上げた目立ての技術が集約されていて、完成度の高さが自慢です。当社を象徴する、唯一無二の逸品に仕上がっていると思います。
オリジナル製品をオンラインで展開したのはなぜですか?
販路についてはいろいろ検討した末、オンライン販売が最適だと思いました。
大手の問屋さんが取引相手だと、大量に卸せても値崩れが起こるリスクがありますし、定価の何%掛けという取引ばかりでは結局OEMとあまり変わりませんよね。自分たちの商品がどこでどのように売られるのか追うことも難しいので、コストをかけずに始められて、直接お客さまにお届けできるオンライン販売を選びました。
どのようにして販売を始めましたか?
オリジナルの爪ヤスリが売れるかどうか、当初は未知数だったのでECモールからスタートしました。
国産のステンレス製爪ヤスリという分野には競合がほとんどいないので商機はありそうでしたが、自社ECを作る前に、まずはニーズがあることを確かめたかったんです。
自社ECを開設したのは、ECモールでの販売を1年くらい続けてみてある程度注文が入ることがわかってからでした。
なるほど。自社ECの制作は外注でしょうか?
はい。同じ新潟にあるデザイン会社・合同会社アレコレさんに制作を依頼して、2021年に自社ECとホームページをリリースしました。
アレコレさんはhickory03travelers(ヒッコリースリートラベラーズ)というECサイトを自社で運営されていてノウハウも豊富ですから、彼らの提案に乗る形でカラーミーショップを選びました。
自社ECを始めてみて、モールとの違いは感じますか?
売上比率でいうと正直まだモールのほうが大きいのですが、一方で自社ECはリピート率が高い印象を受けます。ステンレス製爪ヤスリは消耗品ではなく、一度手に取れば半永久的に使えるものなので、リピーターの方はギフトとして購入してくださっているようです。
それと、モールも自社ECもほぼ定価販売で価格差はないのですが、わざわざ調べてホームページまで来て買ってくださるのは、商品そのものをそれだけ気に入っていただけたからかなと嬉しく思います。
オンライン販売を始めてみて、売上以外でのメリットを感じることはありますか?
自分たちの商品を顧客へ直接届けられて、同梱物にもしっかりこだわれることが自社ECのメリットですね。購入してくださった方には、必ず商品と一緒にはがきサイズのお手紙を同封し、お礼の気持ちとアフターフォローについてお伝えしています。生産者の顔が見えるような対応ができる点が、自社発送の利点だと思います。
発送業務も自社ですべて手がけられているんですね。
注文確認や伝票のラベリング、商品の梱包まですべて自分たちで行っています。多い日で1日80~90本ほどの注文が入るので、そんなときは1日1時間くらい出荷作業に費やしています。
ただ、PCで作業を行えるのが私一人しかいないので、私が不在のときや出荷量が増えた場合の対応方法については今後の課題ですね。
製造作業だけでなく、EC運営や発送まで少人数で対応するとなるとかなり忙しそうですね。
忙しくはありますが、それでも労働時間は改善されているんです。父が一人でOEMに対応していた時代は日曜日以外ほぼ休めず、朝から晩まで働きっぱなしの状態でしたが、自社製品をECサイトで売り始めてからは土日祝日も必ず休めるようになりました。
あらかじめ2,000本くらいまとめて作っておけば、あとは注文が入り次第発送するだけで売上が立ちますし、身体も休められるので、オンライン販売のメリットはかなり大きいですね。
人気キャラとのコラボにも挑戦
近年ではPARCOを通じて、ちいかわやスーパーマリオなどの人気キャラクターともコラボしていますね。
PARCOさんが運営するWebメディアで全国の工芸雑貨を紹介する企画があり、縁あってその特集記事に当社の爪ヤスリを紹介していただいたんです。その流れで、コラボグッズ製造のお話をいただきました。
人とのご縁も、事業に好影響をもたらしているんですね。
ありがたいですよね。「吉」の字をモチーフにした当社のロゴも、新潟出身のデザイナー・石川竜太さんに作っていただいたものなんです。自社サイトはもちろん、現在はオリジナル製品やパッケージにもロゴを展開しています。
オリジナル製品のパッケージ、スタイリッシュで素敵ですよね。
大人向けの製品はシックに、お子さま用とペット用のものはポップなデザインにしてほしいとお願いして、アレコレさんに作っていただきました。
人気キャラクターとコラボしてみての影響はいかがでしたか?
爪ヤスリの市場はそれほど大きくはないので、興味を引くための手段として効果的だと感じています。キャラクターをきっかけに、職人技が光る爪ヤスリの質の高さを知ってもらえたら嬉しいです。実際、製品のクオリティに感動してくださった方が、リピート購入につながったケースもありました。
自社ECの集客力を高め、唯一無二のブランドへ
今後のオンラインでの販売戦略について、どんなことを考えていますか?
利益率が高い自社ECの集客力をさらに高めたいですね。
極端に言えば、モールをやめて自社ECでしか買えないくらいのブランド力をつけられるのが理想なのですが、そこまで到達するにはじっくり認知度を高めていく必要があるので、SNSなどを活用して地道にファンを獲得できればと考えています。新商品を販売する際も、今後は自社ECだけにチャネルを絞り、「ここでしか手に入らない」という希少性をアピールして顧客を誘導していくつもりです。
たとえば広告などによる集客は検討していますか?
爪ヤスリは広告を見て衝動的に買う商材ではないと思うので、広告出稿には消極的です。なるべくコストをかけずに効果的な方法を探していきたいですね。
余談ですが、以前とあるテレビ番組に取り上げられたことで自社ECの売上がグーンと伸びました。関東ローカル番組の再放送だったのですが、それでもテレビの影響力は依然として大きいのを身をもって感じたので、メディア対策の必要性を感じています。
それでは最後に、会社としての展望や吉田さんご自身の目標を教えてください。
会社としては、積極的に事業を大きくしていくというよりは、これまでどおり丁寧に爪ヤスリを作り、自分たちの目の届く範囲で販売し、きちんとご飯を食べられることを大切にしているので、その状態をずっと続けられるよう努力していきたいです。
個人的な目標は、目立て技術の完全習得を目指すことです。父のような技術を習得するには最低でも40年は必要なので、引き続き鍛錬を積み、技術を磨いていくつもりです。
いつかはお子さんにも会社を継いでほしい、という思いはありますか?
コロナ禍を経て、当社の事業形態は大きく様変わりしました。できるだけ先々のことまで考えたいですが、今後10年、20年でどうなっていくのか読めないところも多々あります。親としてこの仕事を心からおすすめできる状態を作った上で、今5歳の息子がこれから大人になったときにもし興味を持ってくれれば、事業を継いでもらうのもいいんじゃないかなと思います。
“100年以上やってるから” “伝統工芸だから” 継いでくれというのではなく、「技術さえ身につけられれば楽しいし儲かるんだ」という部分に興味を持ってもらえたなら非常に嬉しいです。
……でも先のことは分からないですよね、もしかしたら、やっぱり継いでほしいなって気持ちになっちゃうのかもしれない(笑)。
複雑な親心ですね(笑)。今日はすてきなお話をありがとうございました!