商いをするにあたって、会社案内や名刺、ショップカードやリーフレット、レターなど、販促物が必要になるシーンは複数あります。販促物を制作するには、どのような工程を踏むものでしょうか。また、目的を達成するためにはどのように販促物を制作していくとよいのでしょうか。
今回はディー・シー・シー株式会社代表のいぐちようすけさんに、販促物を作るにあたって重要なポイントや制作ステップについて詳しく伺いました。
広告代理店でグラフィックデザイナー、プランナー、ディレクターを経験後、ディー・シー・シー株式会社を設立。経営者兼クリエイティブディレクターとして、広告グラフィックデザインを中心に幅広い企業のクリエイティブをサポートしている。
長崎出身。デザイナー⇒プランナー⇒クリエイティブディレクター。
X(旧Twitter):@toysleft
note:いぐちようすけ@言語化とデザインとゲーム
目次
いぐちさんについて教えてください
いぐちさんの自己紹介をおねがいします
デザイン事務所を経営していて、今年で17年目になります。グラフィックデザインの仕事がメインですが、近年はWebデザインと半々くらいになってきています。
もともとは教育大学で教師をめざしていましたが、在学中にデザインと出会ってデザイナーになりたいと志望するようになりました。今思えば、実家が自営業で、裁量で自由に働いている様子を見ていたこともあり、比較的自由度の高そうな職業に憧れもあったのかと思います。それで、大学卒業後に上京して、デザインの専門学校に入り直しました。
学校でデザインを学ぶ傍ら、広告代理店でアルバイトをしていました。
グラフィックデザイナーとして経験を積むうちに、ディレクションに興味を持つようになり、また異動でマーケティング部門でプランナー職を兼務するようになりました。このとき一緒に働いていた仲間と3人で立ち上げたのが今の事務所です。
ECサイトでクリエイティブを作る際は「What to say(何を言うか)」を決めることが肝
“クリエイティブ”というと広い意味になってしまいますが、ECサイトのデザイン、広告や販促物の“制作”をする場合にいぐちさんが大事にしていることを教えてください。
クリエイティブの世界で多用されているキーワードに、「What to say」と「How to say」があります。クリエイティブに携わる人のなかには「How to say(どう言うか)」を優先する人もいますが、私は「What to say(何を言うか)」を第一に考えることを推奨しています。「What to say」とは、クリエイティブにおけるコンセプトで、これはクリエイティブの結果を決定づける、いわばDNAとも言えるものです。
やはりデザイン=表現を意味することが多いので「How to say」、つまりどのように表現するか、を重視する気持ちも理解できます。ただし表現の方向性はコンセプトによって変わるものでコンセプトが明確でなければ、進むべき道は定まりません。
誤解を恐れずに言うと、表現のアイデアなど表現方法を考えるより、表現としてなにが最適かを判断するほうが圧倒的に難しいんですね。だからこそ、その判断基準は明確であるほどいいんです。判断基準があれば選択肢が狭まりますし、根拠をもって「この表現にしよう」と決定しやすくなります。
私のnoteにも書いていることですが、「恋文」と「感謝状」と「借金の返済を迫る文書」を出す場合では、手紙の質感はまったく違ってきます。「How to say(どう言うか)」よりも先に、「What to say(なにを言うか)」が決まっていなければ、目的に合う封筒や便せんを用意することもできません。恋文を簡素な茶封筒に入れて送れば、おかしな印象を与えてしまいますよね。
確かに簡素な茶封筒では、折角したためた想いもつたわらなくなってしまいますね。コンセプトはどうやって決めたらいいのでしょうか。
商品を売る側にはアピールしたいことが山ほどあると思います。買う側にとっても、潜在的に言ってほしいこと、つまり購入にいたるひと押しのポイントがあります。この「言いたいこと」と「知りたいこと」が重なり合う部分、つまりコミュニケーションが生まれそうなポイントを見定めてコンセプトを決定すべきだと思います。
よくないのは、店主の好みで決めて、実際の商品を欲しいと思ってもらえるポイントとの差異が生まれてしまうこと。例えば同じ雑貨店でも、和風雑貨と北欧雑貨のお店では欲しいポイントの表現の仕方が違ってきますよね。ターゲットとなる人たちをしっかりと観察し、自分たちのお店にとってだけでなく、ターゲットにとってなにが適切な表現かを考えるべきです
コンセプトは言語化しておくべきですか?
ラフをひたすら描いて正解に辿り着くデザイナーもいるので、コンセプトとなるキーワードから決めることが最善だとは断言できませんが、個人的には言語化は重要だと考えています。理由は、先述したとおりコンセプトはクリエイティブの肝であり、判断基準となるもの。できるだけ明確にしておきたいからです。
また、コンセプトとなるキーワードがあると、InstagramやPinterestなどでアイデアのヒントを探す際の検索ワードが絞られてきます。「オシャレ」のようなありふれたワードではなく、もっと芯をついた言葉が浮かび上がってくるはず。そういうワードで検索すると、自分のイメージに近い表現や、お客さんにとって価値あるクリエイティブのヒントを見つけやすくなります。
たしかに。絞れば絞るほど見つけやすくなりますし、そのワードでヒットするものが想像と違ったら、そもそも定めたキーワードがミスマッチということも確認できますね。
紙の広告物ではスペースに制限があるので、伝えたいメッセージを絞ってデザインを組むのが一般的です。それが、「リスクヘッジのため」とあらゆる情報を詰め込むと大事なポイントが伝わりにくくなります。
Webサイトの場合は、ある種スペースに制限がないので、つくろうと思えばいくらでもボリュームアップできるのが利点ですよね。ただ、紙同様に情報量が多すぎると、本当に伝えたいことが埋もれてしまいます。いずれの場合も、クリエイティブを作る際には伝えたいことを絞って、お客さんに届く文言やデザインをしっかり考えなければなりません。
ちなみに、デザイン用語に「ジャンプ率」というものがあって、デザイナーはいちばん目立たせるべきポイントと、次に重要な部分、補足部分などに分けて、文字の大きさやバランスを変えメリハリをつけているんですね。紙もWebも同じで、ジャンプ率によって与える印象や読みやすさが大きく変わります。ジャンプ率が適正だと伝えたいポイントがすっと伝わりやすくなるので、意識して見てみてくださいね。
いぐちさんがECサイトで実際に販促物を作るなら?制作手順とポイント
例えばいぐちさんが雑貨をECで販売するショップオーナーだったとして、内製で販促物を制作する場合の手順を教えてください。
わかりました。社内で販促物を作る際の基本的なステップをかんたんに紹介します。
1.目的をクリアにする
最初に、「なんのために作るのか」の目的をクリアにします。たいていは売上を上げることをめざすと思うので、目的を売上アップと仮定して話を進めていきます。
2.自分たちの存在意義を再定義
目的を設定したら、売上を上げるための戦略を考えます。まず必要なのは、売りたい商品・ブランドの解像度を高めて、自分たちのお店はどういう存在かを再定義すること。雑貨屋さんは世の中にあふれているので、差別化できないと埋もれてしまいます。
お客さんが自分たちのお店でしか実現できないことはなにか、雑貨とはそもそもなにか、雑貨はあってもなくてもいいものなのに人が買うのはなぜかと深掘りしていきます。そこまでの解像度をもって分析しているお店もなかなかないので、それだけでも、自分たちのお店でしか出せないオリジナリティを見出すことができると思います。
3.ターゲットを探る
自分たちは何者かを定義できたら、この雑貨店は誰に受け入れられるお店で、どんな人にメッセージを受け取ってほしいかを考えて購入者のターゲットを明確にします。
ちなみに、ターゲットが商品・ブランドより先に決まっている場合もありますが本来それはおかしなこと。こういう商品・ブランドだからこんな人に受け入れられるだろうというロジックで、決まるものだと思います。女性のお客さんが少ないから、増やそう、という自分勝手なロジックを立てても、それを達成できるプロダクトやお店でないと成立しませんからね。
4.課題解決の方向性を決める
分析が進むと、いろいろな解決すべき課題も見えてきます。ターゲットに受け入れられないのはなぜか、どうしたら喜ばれるか、競合との違いを生むにはどうすればいいかと、課題解決の方向性などを考えます。
5.コンセプト/「What to say(なにを言うか)」を決定
1~4に基づいてコンセプトを決め、コンセプトキーワードに落とし込みます。ここが大事なところですが、なにを言えばターゲットが動き、課題を乗り越え、目的を達成できるかを考えます。すなわち「What to say」ですね。ここで言うコンセプトとは、東南アジア風とかアメリカンなどといったテーマではないことに注意してください。繰り返しますが、「What to say(何を言うか)」です。
6.クリエイティブ/「How to Say(どう言うか)」を検討
伝えたいメッセージを絞ります。こちらの言いたいことが、ターゲットが言ってほしいこととは限らないことを念頭において、リアクションが生まれる表現やどんなクリエイティブが最適かを考えます。
ディレクション含め自社でクリエイティブを手がけるメリットは、PDCAを回す際に大きなコストがかかりにくいことです。外部に依頼すると修正するたびに費用が発生しますが、それが抑えられるのは大きいですよね。今は初心者でも使いやすいCanva(キャンバ)やFigma(フィグマ)などのデザインツールがあるので、自社で完結しやすくなっていると思います。
しかしながら、じつのところ1~6の手順を踏んだからといって、素晴らしい販促物がサクッとつくれるわけではありません。販促物などのクリエイティブは、泥臭い思考を繰り返して生み出されるものですし、いかに客観的に考えるかが重要です。
なので、行き詰まりそうなときは、外注してみるなどプロの力をうまく活用してアドバイスを積極的にもらってみるのもいいと思います。
プロの力を活用というお話がありましたが、クリエイティブディレクションを外注するメリットはなんですか?
外注するメリットは、先述したとおり第三者性を得られること。私たちのような支援事業者は、クリエイティブのプロでありながら「疑似お客さん」としてちょうどいい立ち位置にいます。
自社だけで事業を回していると、客観的な意見を聞く機会ってなかなかありませんよね。「ちょっと売上が下がったな」と引っかかることがあるときに、リーフレット一枚でも制作会社に外注して相談してみれば、思わぬいいアドバイスをもらえるかもしれません。第三者の忌憚ない意見から、新しい視点や気づきを得られることもあると思います。
ただし、「素晴らしい商品ですね」と絶賛するだけの外注先は疑似お客さんになりにくいので、事業者選びの際は気をつけてください。
外注するメリットはほかにもあります。自社でやるより制作時間が短くて済み、納品期日が約束されることもメリットのひとつでしょう。
ただ、外注する場合はどうしてもコストがかかります。あまり予算を割けないなら、最初のベースのデザインは外注で、その後の運用やブラッシュアップは自社と切り分けてもいいかもしれません。ECで発送業務を委託するケースがあるように、足りないリソースをお金で買うのは有効な手段。今の業務で手一杯なら、クリエイティブはプロに任せるという選択もありです。
販促物の事例
いままでいぐちさんが手掛けられたリーフレットやパンフレット・同梱物の事例を紹介していただけますか?
<株式会社ラブ・ラボさんのブランドブックの事例>
香川県にある株式会社ラブ・ラボさんからの依頼で、35周年を記念する冊子を制作しました。
ラブ・ラボさんの理念である「ものづくりエンターテイメントを届ける」を体現するために掲げたキーメッセージは、「JOY IN -ヨロコビに、ジョインしよう-」。
「JOY IN」は造語で、英語のJOY(喜び)とJOIN(参加する、交わる)を掛け合わせたものです。クライアントを巻き込んだ仲間意識が強い素敵な会社であることを表現した言葉で、クライアントにも喜んでいただけました。
<スタンプラリーのリーフレットの事例>
コレド日本橋×ミッドタウン八重洲×高島屋で実施した販促イベントで、スタンプラリー用のリーフレットを作成しました。東京駅周辺でお買い物をされる方々へ、3施設周遊を促進するための施策です。
いきなり3施設回ってみませんか?という事業者側の言いたいことだけを伝えても、ターゲットには届きません。なんで?ってなってしまいます。ですので、冬のお散歩の気分を高めることを目的としました。
もちろんスタンプラリーの達成や抽選のプレゼントも大切な動機となりますが、この時期にお買い物に出かけているターゲットを考えると、即物的な動機付けより、気分を高めることが最優先であり、よりコミュニケーションとなると考えました。
余談ですが、弊社では、いいクリエイティブをつくるために、オリエンテーションの内容をそのまま受け取らず、あえてクリティカルな意見を伝えることを意識しています。私たちのような支援事業者の存在意義のひとつは、第三者性です。
いつも従順であることが誠実さの証ではなく、クライアントのビジネスに真摯に向き合い、かつ忠誠心があるからこそ、時には率直な意見を述べることもあります。企業はどうしてもプロダクト中心に考えてしまうものなので、そこに私たちの第三者目線が加われば、より強いクリエイティブが生まれるだろうと信じています。
ECサイトにおけるクリエイティブとは、お客様との重要なコミュニケーション手段
制作のポイントについてお伺いしてきましが、最後に、ECサイトではクリエイティブはどのような役割を果たすと思いますか?
私はクリエイティブを、コミュニケーション手段だと考えています。実店舗ではお客様と対面で交流できますが、ECではWebサイトや販促物などの媒体を通じてコミュニケーションを図るしかないですよね。
なので、媒体上の言葉やデザインの一つひとつが、重要なコミュニケーションの手段になると思うんです。とくに販促物などのクリエイティブは、メッセージをのせる乗り物のようなものなので、ガタガタしていては伝えたいことも伝わりません。
もちろん、スムーズなコミュニケーションを図るうえでは、言葉も重要です。コミュニケーションは、英語の「talk(話す)」や「say(言う)」のような一方的なものではなく双方向のもの。受け手からのリアクションがあってコミュニケーションです。
送り手は常に相手のリアクションを考えて発信しなければなりません。相手がなにを価値と認めるかはわからないので、こちらが言いたいことだけを言うのも避けるべきです。
大切なのは、「こう言えば、こう思ってもらえて買ってもらえそうだね」とか、「こういうふうに感じてもらえたら受け入れられそうだね」と仮説を立てたうえで、クリエイティブを考えること。
ECでは、お客様に商品を購入してもらうことが最終着地になると思いますが、そこに至る前や至った後、販促物などのクリエイティブを通して「いいな」「ほしいな」という心の動きを作ることも重要です。どう伝えれば反応してもらえるかを徹底的に考え抜いて、いいリアクションが生まれる販促物のクリエイティブの表現をめざしてくださいね。
いぐちさん、本日は貴重なお話、ありがとうございました。