コロナ禍の影響もあり地方をはじめさまざまな地域でネットショップに挑戦する事業者さんが増えています。その一方、ネットショップを始めたものの、運営方法や売り上げアップに悩むショップさんも少なくありません。
そこで今回は株式会社HONEの桜井貴斗さんにネットショップを成長させるために必要なマーケティングやブランディングや、地方と首都圏での戦略の違いについてお話を伺いました。
株式会社HONE
Twitter:@LOCAMA_AT
目次
桜井さんについて教えてください
桜井さんについて教えていただけますか?
新卒で、静岡県で創業した株式会社アルバイトタイムスに入社して12年ほど勤めたのち、独立してHONE(ホーン)を立ち上げました。私は静岡県出身で都内の大学に進学したのですが、Uターンで地元に戻ってきて、今も静岡をベースに地方企業を中心にマーケティング・ブランディングのお手伝いをしています。
前職のアルバイトタイムスは「DOMO」などの求人メディアを発行・運営している、創業約50年の大手求人広告会社です。入社後は、求人広告の営業を4年間担当して、5年目にペットの飼い主さん向けフリーペーパーとWebメディアの立ち上げに加わり、拠点の責任者を約4年務めました。それから、入社9年目に新規に立ち上げたWebマーケティングの代理店事業にアサインされ、おもに静岡を拠点としたクライアントワークに4年ほど携わりました。
求人広告4年、ペット関連事業4年、Webマーケティング事業4年と、ちょうど4年ごとに別々の業務を経験後、独立して今に至るというのが私の職務経歴のアウトラインです。
ブランディングやマーケティングの支援事業をメインとする会社を立ち上げるきっかけはなんだったのですか?
前職でWebマーケティングに携わっていたころに遡ります。地方では当時、Web広告やSNS運用についてまだあまり知られておらず、コンバージョンの定義もあいまいでした。クライアントの理解が曖昧な状況なのに、支援者側がマネタイズできてしまう環境にジレンマを感じることがありました。広告を出すよりも先に事業の骨格となる戦略を立てる必要がありそうだなと感じるケースに出会うことがしばしばありました。
今も、地方の企業さんはマーケティング戦略にお金をかける文化がありません。お金をかけるのはWebサイト制作や、広告運用や、クリエイティブ制作などに限定されがちです。本当は戦略そのものから見直さなければならないことも多々あったのですが、戦術のみを変えたり、表層的な変化のみにお金が支払われていたりしました。
その結果、顧客が解決すべき課題と、提供内容にギャップを感じていました。ここでのギャップとは「支援者サイドの収益化の都合」です。支援者サイドの立場だけを考えると、短期的に収益化できるのは戦術や表層的なサービスですが、本来は中長期的に時間をかけて戦略的な見直しを図らなければなりません。そのギャップの大きさに苦しむようになり、これ以上苦しむようなら自分でマーケティングの支援会社を立ち上げようと独立を決意しました。
それともうひとつ、前職在職中にNews Picks社と森岡毅氏率いる株式会社刀が主催した特別プロジェクト「実戦マーケティング・ブートキャンプ」で、森岡さんから直々にマーケティングを学ぶ機会を得たこともきっかけでした。森岡さんといえば、USJや丸亀製麺など経営難にあった企業の立て直しに貢献した日本を代表するマーケターの一人。森岡さんや刀という会社がどんなロジックでマーケティング戦略を立てているのかを知れば、自分もなにか変われるかもと期待して選考を受けたところ運良く通過したんです。
半年間、静岡と東京を隔週で行き来しながらマーケティング戦略について学んだのですが、この経験が独立を大きく後押ししましたね。 スクールが終わったのが2021年の2月。同じタイミングで会社を辞めることを決意していたので、予定どおり月末にアルバイトタイムスを退職して独立しました。
スクールに通ったことがターニングポイントになったのですね。社名“HONE”の由来を教えていただけますか?
“HONE”の読み方はローマ字読みの「ほね」ではなく英語の「ホーン」。HONEには「砥石(といし)」という意味があります。戦略は会社の骨格にあたるものなので日本語の「骨」と、「企業ブランドを強くする=刀を砥石で研いで切れ味を鋭くする」というイメージを重ね合わせて、HONEという社名を選びました。
約1年のフリーランスの期間を経て今年HONEを法人化したのですが、その目的は地方のマーケターの育成に投資するためでもあります。地方マーケットはまだ発展途上の状態にあるので、私自身が働ける残り30年の間に、大学生や新卒世代に自分のマーケティング知識をすべて伝えて、それを糧にみなさんが地方を発展させてくれることに夢を託そうと思っています。人の最期、火葬しても骨が残るように、自分の志が残ってくれたら嬉しいですね。
桜井さんに聞く!ずばり「マーケティング」とは?
マーケティングに取り組もうとすると、CVRとかLTVとか横文字がたくさん出てきて、難しいし、なんだかハードルをかんじてしまいますが、マーケティングとは、かんたんにいうとどんなものなのでしょうか。
マーケティングは、自社の商品やサービスの価値を正しく伝えるための手段です。SNSやネットショップも、ただやりさえすればブランドの価値や売上が上がるわけでもなく、あくまで日常的な接客をオンライン上で実施するための道具だと思います。なので、自社の価値をもっとたくさんの人に広めるために、マーケティングをうまく使っていきましょうとお伝えしています。
マーケティングの「意味」について勘違いしている方はかなり多いです。「売りつける」とか「売るためになにかを仕向ける」とか「広告で押しつける」といったことを「マーケティング」だと思い込んでいる人もなかにはいます。そういう意味で抵抗感を持っている人もいますし、専門用語についての説明もないまま話されて、「なにをいっているかわからない」と嫌になるパターンもよくあります。
なので、私たちが事業者さんとお話するときには、マーケティング用語をできるだけ使わずにいかにマーケティングを理解してもらうかを大事にしています。
「ブランディング」と「マーケティング」の違いはなに?
「ブランディング」と「マーケティング」の違いがわからないという事業者さんもおおいかとおもいますが、違いを教えてください。
そうですね。ブランディングは、事業者と消費者間の「心象(しんしょう)」を一致させるための行為全般を指します。心象とは、平たくいえば、自分たちの想いや強みに対して消費者が受ける印象のことです。事業者が「私たちはこういう存在ですよ」と発信して、消費者は「ああ、こういうブランドなのね」と理解している状態を作る、そのために実施することすべての行為・行動をブランディングと読んでいます。なお、心象は自社内でも統一されている必要があります。
それに対してマーケティングは売上の必然性を作るもの、売上を上げるための手段です。先述したスクールで森岡さんもおっしゃられていましたが、そもそも商品やサービスが売れなければ事業は存続しませんよね。どれだけきれいなコンセプトを作っても、今日の日銭も稼げなければ従業員の給料を払えないので、マーケティングをドライに捉えて実行するようにアドバイスしています。
とはいえ、「ただ売れればいい」と数字だけを追えば、「らしさ」をなくしたり、お客様にとってそのブランドである必要性がなくなったりする恐れもあります。なので、どちらか一方を重視するのではなくて、ブランディングでブランドらしさを維持しながら、マーケティングで売れる仕組みを作っていくという流れが理想的だと思っています。
地方のマーケティングやブランディングは首都圏とは違う?
なるほど。それぞれをしっかり理解して、事業を俯瞰しながら整理することが大事ですね。地方と首都圏ではマーケティングやブランディングに対する捉え方や取り組みに違いがありますか?
地方でも首都圏でも取り組むべきことにほとんど違いはありませんが、地方では「東京」や「大企業」を色眼鏡で見ることが往々にしてあります。地方の事業者さんに都内のマーケティングやブランディングの事例を紹介すると、「それって都内だからでしょ」などとよくいわれます。全国的なメディアで取り上げられる事例も大手企業のことが多いですが、「そりゃ大手だからできることだよね」と反応されるので、フィルターがかかっているなと感じています。
東京や大企業の事例でも参考になるのに、地方では「大手のやり方」と一括りにして避けられがちです。地方の事業者さんはまず「地方だから」「大手じゃないし」という思い込みをなくしたほうがいいかなと思っています。 東京のスタートアップの皆さんとお話して感じるのは、スタートアップ系の事業者さんはマーケティングについての知識を持っている方が多いこともあって、理解が早く、実行に移すのもスピーディーです。
地方には、成功事例から自社で真似できる部分を見つけて実務に落とし込める人があまり多くないので、地方の各事業者さんのなかに通訳できる人材が増えたらいいなと思っています。私がマーケティング教育に力を入れるようになったのは、こういった課題が背景にあります。
地方の事業者さんが思い込みをなくすためにはどうしたらよいのでしょうか。
地方でも、とくに大都市であればそんなに首都圏と変わらないので自信を持ってほしいです。静岡を例に出すと、静岡市の人口は約70万人で地方都市としては結構大きいです。一般的な地方都市はだいたい20万人程度ですし、もっと少ない自治体もあります。それに比べたら静岡市は恵まれているのに、東京に壁を感じている事業者さんがいらっしゃるので、「卑下したり引け目を感じたりする必要はまったくないですよ」「地方なりの戦いができますよ」などと伝えて、自信を持ってもらえるように意識して働きかけています。
またHONEでは、一次産業に携わる事業者さんも支援していて接する機会が多いのですが、東京の食卓に並んでいる農作物のほとんどは地方の農家さんが作ったものなんですよね。地方がなければ東京は成り立たない。逆もまたしかりで、東京の消費者がいなければ地方が成り立たない部分もあります。両者は同等の立場でお互い様なので、地方の生産者さんにも自信を持ってもらいたいです。
いいものを作って満足するだけでなく、その価値に見合った値段で売ることも大事。商品やブランドの価値を正しく発信して、東京や日本全国、世界の消費者にも目を向けていただけたらと思います。
ネットショップ運営において重要なマーケティング戦略とは
先ほどもちらっとお話にでましたが「ネットショップを開設すれば売れる」と思っているかたもいらっしゃいますよね。ネットショップ運営でもマーケティングは必要でしょうか。
このコロナ渦でネットショップを始める事業者さんがかなり増えました。ECのプラットフォーム自体も、カラーミーショップさんをはじめ、BASE、STORES、Shopifyなどたくさんあり、行政が助成金を出していることもあってECを始める方が多いですが、作ること自体が目的になっているケースがほとんどなのではないでしょうか。
結果的に、「補助金でネットショップを開設したけど商品が売れなくてどうしよう」と、相談にこられるケースも少なくありません。 商品が売れない理由のひとつは、目の前の商品作りに集中するあまり、競合を見るクセや、消費者がなにを求めているかを探るクセが身についていないからだと考えられます。
「厳選した材料で最高の商品を作るんだ」と情熱を注ぐのは素晴らしいことですが、「消費者に本当にそれが求められているんですか?」「競合と同じことをやっていませんか?」などと尋ねると、みなさんハッとした顔をされます。たしかに考えたことはなかったと。お客様に目を向けず、マーケティング戦略を立てずにネットショップを立ち上げても、売上を上げるのは難しいですね、という結論に行き着くパターンが多いです。
なるほど!たしかに業務に集中すればするほど視野は狭くなりがちですよね。ネットショップを運営している方はどうやってマーケティング戦略を立てていくと良いのでしょうか。
お客様と直接対話することから始めるとよいと思います。実店舗を持っている事業者さんなら、来店したお客様に「これ買いに来たよ」とか「これおいしかったよ」などといわれたときに、「ありがとうございます」と感謝して終わりにするのではなく、「なにがよかったですか?」と質問すると、その回答から商品を売るためのヒントを得られるはずです。
それから、何人で来ているか、家族連れなのか仲間と来ているのか、どんな服装でどんなブランドを身につけているか、車の種類はなにでどこのナンバーが多いかといった情報から、自分たちのファンはどんな人なのかが把握できます。 お客様はどんな人で、なにに対して喜んでいるのか、なぜ余所のお店ではなくてうちに来てくれるのかを知ること。それこそがまさにマーケティングなので、日々の接客のなかで1人でも2人でもいいので、積極的にコミュニケーションをとってみるといいですね。
そして、お客様の要望をECサイトに反映させたり、おすすめ商品としてトップに掲載したりすれば、それはWebマーケティングでいうところの「改善」にあたります。マーケティング戦略を難しく捉えず、お客様を知るための接客を大事にしてくださいね。
ネットショップだけで展開されている場合も、メールやLINEでコミュニケーションを取ったり、オンラインで購入理由を聞いてみたりするとよいと思います。ものづくりをしている作家さんなら、手作り市やクラフトバザーなどのイベントに参加して、お客様と直接対話する機会を作ることをおすすめします。
地方から全国に商圏を広げたい方必読!今日からできるマーケティング
この記事を読んだネットショップオーナーさんが今すぐ取り組めることをぜひ教えてください。
マーケティングの本を読んだり、関連する新聞記事をチェックしたりすることは、すぐにでもできると思います。ただ紙媒体もWebも同じですが、そこに書かれていることは厳密にいうとリアルではないんですよね。少し加工されていますし、都合の悪いことを省いていることもあるかもしれません。
書籍や新聞、雑誌などの情報は、「そのまま真似てもそのとおりにはならない」ということを念頭に置いたうえで、参考にされるとよいと思います。 なにより大切なのは、やはり日々の接客です。最新情報や商売のヒントはお客様から得られるものなので、リアルな今をちゃんと捉えることを優先すべきですね。それから、従業員に対しても「お客様は自分たちのどんなところが好きなんだろうね」と尋ねてみるのもおすすめです。
「親身なところ」という人もいれば、「安さ」と答える人もいて、心象が違っていることがよくあります。その場合は、お客様への伝え方が従業員ごとに異なっている可能性があるので、意識を統一させる意味でも社内で対話する機会を設けるとよいですね。 社内外の心象を統一させることに加えて、顧客、競合、自社をよく知ることも大事です。
とくに、顧客の要望や競合がしていることを網羅的に押さえるだけでブランド力が確立されるので、まずはそこを突き詰めてください。消費者と競合に目を向ければ、自社のあり方も違ってくる気がしますね。
それは東京とか地方とか、実店舗を持っているか否かは関係なく、マーケティングとブランディングを融合させて愚直に積み重ねていくことに尽きるということですか?
そうですね、東京も地方も、実店舗もネットショップも取り組むことは同じです。 ただ、忘れてはならないのが地方から全国展開するとそれだけで競合も増えるということ。東京のブランドは見せ方もうまくて、商品自体もいいものが多くて強いんですよね。もちろん地方でもいいものを作っていますが、東京はお店も多いですし地方より厳しい競争のなかで切磋琢磨しているので、地方はプロダクト負けしているケースもあります。
東京以外にもいろいろな地方メーカーがあってそれぞれの職人と勝負しなければならないので、プロダクトをさらに磨く必要があるなど、より過酷な環境に置かれることになります。ネットショップを始めると、それを実感するのではないかなと思います。
仮にプロダクトが負けていたとしても、お客様との対話から、うちのプロダクトにここが足りなかったいう気づきを得られて、プロダクトの魅力を高めようという判断になるかもしれませんね。逆に、競合の商品を調べてみたら、質は自社のほうが上なのに相手よりもかなり安く売っていたと気づくこともありそうです。いずれにしても東京も地方も関係なく、同じ土俵でがんばろうという前向きなマインドも大事そうですね。
そうですね。今回マーケティングやブランディングのお話をしましたが、シンプルに一番大事なことは真摯にお客様や競合に向き合って、各事業者さんが「意外と自分たちいけるじゃん」と自信を持ってもらうことだと思います。
自信を持つことってとっても大切ですね。桜井さんありがとうございました。