
EC市場の拡大と競争激化が進む中、売上が踊り場状態、もしくは下降気味で、打開策が見つからない…そんな悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。
今回は株式会社マテリアルデジタルの川端康介さんに、選ばれるECサイトになるための重要なポイント、「顧客理解」について伺いました 。

2004年、EC事業スタートアップに参画。デザイン/広告/プロダクト開発などの知見と技術をベースに、2010年に株式会社nano colorを設立。10年以上EC業界で顧客コミュニケーションや事業戦略を支援。WHO×WHATを軸にブランディングとマーケティングを分断しないプランニングとクリエイティブを設計することを得意とする。宣伝会議の非常勤講師も務める。また、かつては学校法人HAL非常勤講師、株式会社千趣会のマーケティング子会社Senshukai Make Co-でクリエイティブチームマネージャーも務めた。23年10月に株式会社マテリアルデジタルに参画し、同社取締役に就任。
目次
川端さんについて教えてください
川端さんお久しぶりです。以前よむよむカラーミーのインタビューに登場いただいてから早2年以上が経ちました。改めて、川端さんの自己紹介をお願いします。
そんなに経ちましたか笑。改めまして、株式会社マテリアルデジタル取締役の川端です。
当社は、デジタルマーケティング全般のコンサルティングとSaaSサービスを主軸に、企業のビジネス成長を支援しています。
私がEC業界でのキャリアをスタートしたのは20代後半。EC事業部の立ち上げやクリエイティブ、サイト制作、商品開発、広告、物流など、ECに関わる多くの領域に携わり、その後2010年に設立した株式会社nano colorでは、クリエイティブやデジタルマーケティングを中心としたコンサルティング支援を10年以上にわたって提供しました。
かつては、こうすれば良いという「型」の様なものもあったのですが、近年では「マーケティングは総合格闘技」と言われるように、定石的な型だけでは太刀打ちできない課題も増えていきました。当時のnano colorも複合的な観点から提案や施策実行もしておりましたが、少人数の組織であったため、なかなか難しい側面もありました。
そんな時にマテリアルと一緒に仕事をする機会があり、PRとマーケティングとが融合するフルファネルのマーケティング支援の実現のために参画しました。
なぜ今、顧客理解が重要なのか
近年のECサイトの売上には、消費者の購買行動が大きく影響していると考えられますが、川端さんは消費者の購買行動がどのように変化していると感じますか?
デジタル以前は、少ない選択肢の中から選ぶしかない状況下だからこそ、ブランドを知っているということが非常に重要でした。つまりブランド認知が売上に直結していたのです。
しかしデジタル以降はモノも情報も増え、SNSにより個人の影響力が高まり、人はどんどん自分にとって最適なプロダクトやサービスを選択することが可能になりました。つまり、認知しているブランドだから購入するのではなく、自分に必要な便益を提供してくれていると「認識」できることが購買要因となったのです。
一方で、過剰なモノと情報の多さに加え、WEB上では同じような情報や意見とばかり接してしまう、いわゆるフィルターバブルと呼ばれる「偏った情報」に触れることで、逆に選択肢が狭くなりすぎたり、新たな価値観や情報に触れる機会が減ってしまったりする現象も購買行動に影響を与えています。
よって、消費者は従来の直線的なファネルを段階的に移行するのではなく、様々な接点から影響を同時に受けながら、時には突発的に、時には計画的に、購買行動が変化するようになりました。
消費者の行動が多様化している中で、EC運営者が売上をのばすために押さえるべきポイントは何でしょうか?
僕の感覚ですが、「なぜ自社が選ばれているのか?」、「どの市場で戦っているのか?」、「どの競合と戦っているのか?」という問いに対して明確に答えられない企業が多い印象です。
この原因は、顧客理解ができていないからです。確かに、YouTubeや縦型動画、SNS、デジタル広告運用、LINE活用、SEOなどといったテクニカルな知識やトレンドを押さえることも重要です。一方で、それらの領域におけるハックはどんどんAIによってコモディティ化することは目に見えています。
つまり、AIでまかなえるハック可能領域よりも上段にあるコミュニケーションを踏まえたマーケティング戦略が不可欠となります。これが顧客理解を深める目的であり、売り上げを伸ばすために押さえるべきポイントとなります。
従来のように「商品の良さ」を伝えるだけでは選ばれにくいということでしょうか?
「良さ」とは、誰にとって、何と比較して、どういう状態を「良い」と定義しているのかがあまりにも抽象的です。普段何を選択している人が、どんな状況で生じた欲求によって購買を決定しているのか、その中にはどんな満たされていないニーズがあったのかが理解できていません。
例えば食品を例に挙げると、「店長の厳選した素材で美味しいです!」と伝えられるだけで、あなたはわざわざECでそれを買いますか?買わないですよね。
確かにそうですね…。では売上アップができているショップさんと苦戦しているショップさんとの違いは、ニーズを理解してコミュニケーションを取っているかどうかの差なのでしょうか?
ニーズを理解したコミュニケーションとは、4P(プロダクト、プライス、プレイス、プロモーション)も含めるとその通りです。どの媒体が獲得しやすいのか、どんな施策が売れやすいのかという視点ではなく、誰に何を伝えると消費者の便益と認識され、価値に変わるのかという設計です。
このコミュニケーション設計をないがしろにしてしまい、誤った考え方の最たる例が、売れていない原因を「認知度」や「ブランド力」と定めてしまうケースです。購買の可能性が全くない人に対して認知を広げても無意味ですし、そもそもブランドとは「作る」ものというより「結果、ブランドになる」ものです。
誰の何に役立つのかという根本的な便益を理解しないまま認知を広げたところで、それは無駄な認知になってしまうでしょう。
顧客のニーズを理解する方法は「具体的な状況」を聞くこと
ECサイト運営者が顧客のニーズを理解するためには、具体的にどのような方法が効果的なのでしょうか?
シンプルに顧客に聞くことです。ただし表面的な内容のインタビューやアンケートでは顧客の真のニーズを把握できないので注意が必要です。
「どんな商品だったら買いますか?」や「何に困っていますか?」といった質問をしても、消費者は一般的な回答しか返してくれません。なぜなら、消費者自身も自分の本当の課題やニーズに気づいていない場合が多いからです。
理解すべきなのは、消費者のニーズが発生した「特定条件」です。例えば、どんなシチュエーションで発生した困り事なのか?とか、それまでどんな代替手段を使っていたのか?、どんな使い方をしているのか?といった、生活文脈が理解できる質問がポイントです。
このような質問を通じて、商品の価値や顧客のライフスタイルにどのようにフィットしているのかを明確にすることができます。
さらに、自由記述形式のアンケートも有効です。消費者の自然な言葉で語られる回答の中には、想定していなかった新しい気づきや発見が隠れていることがあります。その発見こそが、自社の認識と市場とのギャップを認識し、他社商品では解決できず自社だけが提供できる唯一の強みに気づくきっかけとなる可能性があります。
顧客の声を聞く際、「どのくらいの人数から、どのくらいの期間でデータを集めればよいか」といった疑問を抱く方も多いと思いますが、これはどう考えればよいのでしょうか?
統計学的な観点から何人に聞けばいいという正解はあるでしょうが、データを集める前に、発見や気づきを得られるほどの仮説を事前に立てられているかが重要です。膨大なデータから仮説を見つける探索型は非常に専門的な知見が必要なので、仮説をもとにデータを集め検証し、新たな仮説を生むというアプローチをお勧めします。
そして、日常的に接点や消費者の行動を観察することも大切です。例えば、カスタマーレビューや口コミ、SNSの投稿から、「消費者がどんな言葉で商品を語っているのか」を把握することで、アンケートやインタビューでは見えてこない消費者の本音や潜在的なニーズが浮かび上がってくることがあります。
効果的な顧客理解が成功をもたらした事例はありますか?
私の書籍でも紹介しているのですが、英会話コーチングサービスの例が非常に参考になりますね。当初フロントメニューは 「4カ月間で日常英会話を身に付ける」というパッケージでしたが、競合サービスも増え、新規獲得に苦戦を強いられていました。
そんな中、同社サービスの「便益」を最も理解している既存顧客へのインタビューを実施したところ、「海外赴任」が急きょ決まり、短期間でネーティブのような発音を身に付けたいというニーズがあったことを発見しました。海外赴任の通知は一般的に3カ月から半年前に内示されることが多く、4カ月間というパッケージは、これらのニーズに対し、十分に応え切れていなかったのでした。
そこで、サービスパッケージの内容を「2カ月」に変更し、3カ月以降はロングテールとして学び続けるメニューに変更。2カ月間でネーティブのような発音がどれくらい上達するのか、実際の受講者が習う前後の発音をランディングページ(LP)に掲載したのです。
その結果、今まで「代替競合に奪われていたターゲット」から同社のサービスが求めていた便益だと認識され、「今選んでくれる顧客」に変容したことで新規の獲得数も大幅に増加させられたのです。
つまりこのサービスとCVとの距離が近い人は、「英会話コーチングサービスを探している人」ではなく、「海外赴任が決まった」という状況がサービスとCVとの距離を近づける特定条件であり、「2カ月間でネーティブのような発音を身に付けられる」というコンセプトが、サービスに価値を感じる便益だったのです。
この例から分かる通り、一般的なターゲット像を「〇〇で悩んでいる人」とか「〇〇を探している人」と定めるケースがあるかと思いますが、それはニーズ発症源となる「特定条件」を理解できていません。逆に、海外赴任のような特定条件を理解することで、コミュニケーションもプロダクトも変わるのは必然となります。
顧客理解で得た気づきをマーケティング戦略に落とし込む
顧客理解を深めた後、その情報をどのように活用していくべきでしょうか?
顧客理解によって得た気づきを活用するためには、まず「勝てるポジションはどこか」「誰が対象顧客か」「コンセプトは」「どのような施策が良いか」を複合的に戦略に落とし込みます。
例えば、広告バナーや簡易的なLPを作り、デジタル広告で検証することで、コンセプトの有用性や、最適なターゲティングを明らかにするアプローチをお勧めします。多くの失敗例は、狙いたいターゲットを起点に戦略を考えてしまうのですが、本来は買ってくれる人、つまり「勝てるポジション」を起点に落とし込まなければなりません。
他にも、自社の顧客を5つのカテゴリーに分けて整理することも有効です。
①今すでにコンバージョンが取れていて、コストパフォーマンスが合っている顧客
②コンバージョンはしているが、コストパフォーマンスが合っていない顧客
③リーチはできていて、反応もしているが、コンバージョンに至らない顧客
④リーチしているものの、反応すらしていない顧客
⑤リーチできていない顧客
例えば、リーチできていても反応していない層には、そもそものコミュニケーションのコンセプトを見直す必要があるかもしれません。一方で、リーチできていない層には、新しいチャネルを活用する必要があるでしょう。
この5つの層に分け、相対比較すると、それぞれの層がなぜそのような結果となっているのかを仮説を立てて分析できるようになります。そして、それぞれの層に対しての適切な施策の優先度を定め、効果的なアプローチを実現することが可能になります。
一度の施策で終わらせるのではなく、サイクルを継続的に回していくことが重要なのですね。
その通りです。顧客のニーズや状況は時間の経過とともに変化します。一度の施策で結果が出なくても、それを失敗と捉えるのではなく、次のステップに進むためのデータが得られたと考えるべきです。
気づきを施策に取り入れ「まずは試してみる」
最後に、売上アップに苦戦しているECサイト運営者に向けて、何かアドバイスをいただけますか?
多くの運営者が、顧客の声を聞いたとしても「これは本当に効果があるのか?」と迷い、実行に移せないことがあります。しかし、成功しているブランドを見ると、必ず顧客の発見を素早く施策に反映しているんです。
その気づきを施策に取り入れると決断し、完璧を求めるのではなく「まずは試してみる」ことが重要です。
また、多くの運営者が「これをやると無駄になるかも」と心配するかもしれませんが、仮に失敗したとしても、それは次の成功につながる「データ」を得たということになります。失敗を恐れず、顧客の声から得た仮説を元に試行錯誤を繰り返しながら、その中で改善点を見つけていくことが大切です。
確かに、トライ&エラーを恐れずに進めることが重要ですね。ECサイト運営者にとって、最初の一歩として何をすべきだと思いますか?
最初の一歩は、まずお客様の声に目を通してみてください。カスタマーレビューに投稿があれば集計してどんな内容なのかを見てみたり、既存のお客様に「購入の理由」や「利用シーン」などのアンケートをとってみるだけでも十分なスタートになります。
そして、競合商品を購入した方の声にも目を通してみてください。大切なのは競合サイトや施策の表層面ではなく、競合購入者の声です。なぜ自社が選ばれたのか、そしてなぜ競合に奪われたのかを考えてみてください。
そこで浮かび上がった仮説をもとに、今の施策や戦略と照らし合わせて、「これは取り入れるべきだ」というものを決めてみてください。
重要なのは、これを継続的に行うことです。一度聞いて終わりではなく、定期的に顧客に触れながら、情報をアップデートし続けることが、選ばれるECサイトになるための伴だと思います。そして、僕の本を買って読んでみてください(笑)。
川端さんありがとうございました。