よむよむカラーミー
ECサイト開設・運営のヒントが見つかるWebメディア

邪神ちゃんマーケティングから学ぶ、選ばれるための「差異」を生み出すコツを栁瀬さんに聞いてみた。

違法アップローダーに対抗して公式が本編の切り抜き動画を先行公開したり、無料配布のショッパーが転売されたことに対して転売より安い価格でメルカリに出品したり、さらにクラウドファンディングやふるさと納税を活用してアニメ制作を行うなど、型破りな手法で他作品との差別化を図ってきた「邪神ちゃんドロップキック」。

今回は、「邪神ちゃんドロップキック」の宣伝プロデューサー栁瀬(やなせ)さんに「邪神ちゃんマーケティング」について詳しくお伺いしました。

栁瀬一樹さん
栁瀬一樹さん
上智大学外国語学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程在籍。
2002年株式会社NTTドコモ入社。iモードコンテンツ提供企業に対するコンサルティング業務を経た後、2012年アニメ配信サービス「dアニメストア」のサービス設計を担当。2016年株式会社KADOKAWAに入社。2019年に独立しTVアニメ「邪神ちゃんドロップキック 」「理系が恋に落ちたので証明してみた。」「恋と呼ぶには気持ち悪い」等の宣伝プロデューサーを務める。全国初のふるさと納税を用いたアニメ制作や、違法アップロードよりも早い公式切り抜き動画配信、違法アップロードの合法化など今までにないプロモーションの案を練る。
X:https://x.com/jashinchan_PJ

栁瀬さんについて教えてください。

栁瀬さんの自己紹介をおねがいします!

新卒でNTTドコモに入社して14年間勤め、その終盤にアニメ配信サービス「dアニメストア」の設計に携わりました。もともとアニメもゲームも漫画も好きで、やはりアニメの仕事が自分に合っていると感じて、2016年にKADOKAWAに転職。3年間勤務したのち、独立しました。

独立後は、テレビアニメの宣伝や、アニメと一般企業のコラボ企画のコーディネート、アニメを活用したマーケティング施策のコンサルティングなどに従事しています。

テレビアニメの宣伝は、毎クール約1~2本。ワンクールは3か月なので、年間で多くて約8本の宣伝を引き受けています。コラボについては、近年、企業がアニメをPRに活用する事例が増えていますよね。

アニメ業界には独自のルールやしきたりが多いため、業界に精通した水先案内人が必要です。私は一般企業の事情もアニメ業界の価値観もよく知っているので、トランスレーターとして十分に役立っていると思います。

書籍『宣伝は差異が全て 邪神ちゃんドロップキックからマーケティングを学ぶ』

『宣伝は差異が全て 邪神ちゃんドロップキックからマーケティングを学ぶ』を拝読しました。これまでになかった視点のマーケティング本だと感じましたが本書を出版されたきっかけを教えていただけますか?

東京大学の大学院でお世話になっている開沼博先生が開催している、「開沼ブートキャンプ」と称するスパルタコースを受講したんです。

2週間に1回ずつ、数千文字のレポート等を提出するというプログラムで、レベルは11段階。ハードな指令をコツコツ乗り越え、最後に提示された課題が、「学んだ知識を活かし、90分の授業動画を作成せよ」でした。それを受けて、私が6年間携わってきた『邪神ちゃん』をテーマに、これまでのノウハウを体系化することを閃いたんです。

このとき生み出した概念が「邪神ちゃんマーケティング」です。

話を戻すと、提出用動画を用意するにあたり、どうせ録画するなら人を呼んだほうが盛り上がるだろうと考えて、イベント形式にして、東京大学の福武ホールに約150人、オンラインで約600人を集めて講義を実施したんです。

すでに『邪神ちゃん』はバズらせ方に定評のある作品になっていたので、過去の施策の種明かしをする場となって会場は大いに盛り上がり、イベントは成功に終わりました。

後日、講義に参加していたニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんに、「おもしろいから書籍化したほうがいいよ」「こういう頭のおかしい企画を持って行くなら太田出版だよ!」と勧めていただいて、素直に受け止めて、すぐに太田出版の森さんに会いに行きました(笑)。

出版社にもちこんだんですね!

そうなんですよ。わりにすんなり意気投合して、出版することになりました。

邪神ちゃんマーケティングとは「差異を作って勝ちを狙う」こと

ずばり、書籍で触れられている「邪神ちゃんマーケティング」についておしえていただけますか?

「邪神ちゃんマーケティング」は、弱者が生き残るためのメソッドです。強者が一般的に実施している施策を「テンプレ宣伝」と呼ぶならば、そうではないものが「邪神ちゃんマーケティング」に当てはまります。弱者は弱者なりの生き方を考えないとダメで、大きくて広い場所で強者と真正面から戦うと負けちゃうんですよね。

アニメ『邪神ちゃん』は、年間300本もの新作が生まれるアニメの世界では圧倒的に弱者です。
それなのに、最初は大手と同じことをして当然のように失敗しました。

©ユキヲ・COMICメテオ/邪神ちゃんドロップキックX製作委員会

そのとき、弱者には弱者なりの戦い方があるのではないかと思ったんです。すぐに方向転換して、弱者の弱さを強みに変える施策に注力していくと、幸いにも生き残ることができました。

そのメソッドをまとめたものが書籍です。きっと他ジャンルの弱者の方にも、お役立ていただけるのではないかと思います。

書籍にたくさんの施策が書かれていますが、もっとも手ごたえがあった施策はなんですか?

いちばん手応えがあったのは、アニメの切り抜きですね。アニメ業界では、テレビアニメが放送される前に映像を外に出すのは御法度だと考えられていたんですよ。私は、先に出したほうが興味を持ってもらえるのにと思っていたのですが、アニメ業界の慣習のようで。

アニメでは、「先行カット」という静止画を放送・公開前に出すことがあります。不思議なことに、放送前に「先行カットですよ」といって公開すると、みんなありがたがって見てくれるのに、放送後には宣伝費を払ってもなかなか見てもらえません。

同じ内容でも、見せるタイミング次第で反応がガラリと変わるんですね。そこで、試しに「先行切り抜き」をやってみたところ、大成功を収め、今ではアニメ界の常識になっています。

『邪神ちゃん』では、8週先の切り抜きも当たり前のようにやっていて、「異次元の切り抜き」といわれることもありました。このような常識を覆す施策をどんどん打ち出して行ったところ、YouTubeのチャンネル登録者数が20万人を超え、総再生回数が1億回を超えて、VTuberのジャンルではチャンネル再生数が世界一に輝きました。

出典:【公式】邪神ちゃんねる【切り抜きOK】

まさに、差異を作って勝ちを狙う「邪神ちゃんマーケティング」の成果が、見て取れると思います。

PDCAのDにいくつも取り組まれていますが、大失敗だったと思う「D」を教えてください。

失敗はたくさんしてきましたよ。

コロナ禍前にリアルイベントに注力していて、赤字を出したエピソードをお話します。
その当時は、日本全国のアニメイベントに参加していました。ある北海道でのイベント時に、声優さんとそのマネージャーさん、自分たちスタッフ、さらに物販を担当するスタッフも引き連れて参加したところ、往復で100万円くらいかかってしまいました。

イベントでは準備にもお金がかかりますし、物販で100万円の利益を上げるのはほぼ不可能なんですね。結局、大赤字になってしまったという苦い思い出です。その後、コロナ禍に突入してオンラインにシフトしたので、リアルイベントからは遠ざかっていました。ただ最近は、リアルの価値が戻ってきたなと感じています。

たしかにオフラインイベントが盛んに開催されるようになってきましたよね。

そうなんですよね。オンラインは便利ですが、イベントに集中してもらえていないような気がするんです。想像の域を超えませんが、みんな2窓(PCで別ウィンドウを立ち上げること)、だったりスマホいじりながら見ている人も多いんじゃないかなと思います。スマホの誘惑はすさまじいのでしょうがないです!

でもそれだと伝えられる感動の最大値が減ってしまうので、イベントはオンラインじゃないほうがいいかもしれないと考えるようになりました。とくにファンコミュニティを重視している人たちは、リアルイベントの復権を感じはじめているようです。

ECサイト運営者のみなさんも、リアルイベントを実施するだけでも十分差異が描けると思いますよ。

イベント開催を検討している場合は、X(旧Twitter)やYouTubeのフォロワーが1万人くらいで、呼びかけに応じて500人くらい集まるようなら成り立つと思います。一人1万円として500万円なので、赤字にはなりにくいですよね。それで収支が合わないなら、そのイベントはやめてもいいと思います。

個人的な興味でもあるんですが、DDDDを実施していると反応や成果が全く得られない施策や一緒にプロジェクトを進めているメンバーからの共感を得られないものもあったとおもうのですが、モチベーションはどのように維持されているんですか?

初期のころは、やはり好きな作品だから失敗しても突っ走れた部分は大きいと思います。ただ、もし当時自分はなぜ『邪神ちゃん』を好きなんだろうと深掘りして、気持ちを疑いはじめたら、気持ちが揺らいでしまい折れていた可能性はあります。

今は初期のころよりも、このIP(作品)を軸にしてたくさんの人とつながっています。その人たちがみんな幸せそうなので、この場を守りたい、維持したい、もっと広げていきたいという気持ちが強いんですね。それがモチベーションになっています。自分が折れてこの場がなくなるのは嫌だから、走り続けられているんだと思います。

もちろん、苦しい時期もありました。でも今は、応援してくれるファンコミュニティがあって、みんなの期待を背負っているので、失敗をあまり恐れなくなりました。ECサイトのオーナーさんも、ご自身がやりたくて始めたことなら、たとえ失敗したとしても、私と同じような想いをもって前進できるのではないかなと思います。

一方で、雇用されているスタッフさんが失敗したときのモチベーションの維持の仕方としては、やはり気持ちの切り替えが大切だと思います。100回失敗して1回成功した人と、失敗も成功もしたことがない人なら、前者のほうが生き残れる率は高いと思うんですよね。

だからこそ、失敗しても「好き」を燃料にしてがんばれる人は幸せですし、そうじゃない人も、1度や2度の失敗で凹むのはもったいないです。雇用されている方の強みは、失敗しても金銭的ダメージがないこと。これに尽きます。

人のお金で経験(失敗)が買えるなんて素晴らしい!そう捉えて、失敗しながら学び、自分の好きなことを見つけていってほしいと思います。

ちなみにアイデアの生み出し方。「D」のひらめきはどこから降りてくるのですか?例えばお風呂に入ってるときとか…?

私は「アイデアマン」だねといわれることが多いですが、天才ではないので、0から1を生んでいる感覚はほとんどありません。天才ではないからこそ、情報のインプットを重視しています。

自分の中から出てくるアイデアなんて、たかが知れているんですよね。凡人だからこそ、弱者だからこそ、情報を仕入れないとなにも出てこないと理解しているので、情報収集にものすごく力を入れています。

情報収集の方法は、じっくり腰を据えて本を読むことも大切ですが、ぜひ街を歩くことをおすすめしたいです。街中には広告があふれているので、「この広告の意図は?」などと考えながら歩くだけで、たくさんの情報を収集できます。

一つひとつの広告には、必ず考案した人がいます。その人が「なぜそうしたのか?」と考えるクセをつければ、組み立てのパターンを学ぶことができるので、いざ自分の目の前にテーマが与えられたときに自ずとひらめきが降りてくるようになると思いますよ。

差異を見つけるコツは、業界の常識から外れ、みんなが喜ぶものは何かを考えること

たしかに、ECサイト運営ではブランディングや差別化という言葉が最近特に多く見受けられます。栁瀬さんが考えるECサイトが差異を見つける方法を教えてください。

今は、大手が作る大量生産・大量消費系の商品と、値段は高くてもストーリーのあるクラフト系商品の二極化が進んでいると思います。大手ではない、中小のECサイトが進むべき道は明らかに後者です。

小規模のECサイトは、メジャーと同じことをやってもスケールメリットで勝てる道理がないので、まずメジャーではないことを自覚して、他社と「差異」がある状態を目指すことが重要です。

「差異」の見つけ方としては、自分の業界の常識を書き出し、そこから外れるモノ・コトで、みんなが喜ぶものはなにかと考えます。「差異」が生まれるものを見つけられたら、成功はもうすぐです。ほかでやらないことをやれば差別化できるので、埋もれにくいんですね。

この方法は、どの業界にとっても有効なフレームワークだと思うので、ぜひ実践してほしいと思います。

柳瀬さんにとって『邪神ちゃん』とは?

今後柳瀬さんが目指すもの、栁瀬さんにとって『邪心ちゃん』とは…?をお伺いできますか

『邪神ちゃん』は人生です。それを軸に多くの人とつながりを深めてきたので、自分のワークライフをギュッと凝縮したものが『邪神ちゃん』なんですね。そして私にとってアニメは、『邪神ちゃん』にたどり着くためのきっかけだったのだと思います。

もちろん今後も、『邪神ちゃん』で世間をあっと驚かせるチャレンジを続けていくつもりです。アイデアレベルですが、従来の制作委員会方式ではなく、まったく新しいビジネスモデルで、新しい作品を生み出すのもいいなと考えています。

たとえば仮想通貨でお金を集めてアニメの制作費に充てるなど。もうひとつ、新しいテクノロジーがどんどん登場しているので、それをいち早く習得して新しいアニメ作りに活かしたいとも思っています。

ぜひこれからも、『邪神ちゃん』にご期待ください。

 栁瀬さん本日はありがとうございました。

栁瀬一樹さんの著書はこちらから(太田出版)