
昨今、EC運営において「コンテンツ」の重要性はますます高まっています。
価格や機能だけでは差別化が難しくなり、「どんな価値を提供しているブランドなのか」「どんな想いで商品を届けているのか」といった、ストーリーやブランディングを自社から積極的に発信していくことが求められています。
そんな中、ユニークなコンテンツと遊び心で人気を集めるオウンドメディアが「となりのカインズさん」です。「ホームセンターを遊び倒す」をコンセプトに、DIY精神で運営されているこのメディアは、どのように生まれ、どんな戦略でファンを増やしているのか?
今回は、編集長・与那覇一史(よなはかずふみ)さんに、オウンドメディア運営の裏側や、ECや商品戦略に活かせるノウハウについてお聞きしました。

沖縄県出身。美術系出版社の広告営業を経験後、株式会社キュービック、ソウ・エクスペリエンス株式会社を経て、株式会社カインズに入社。オウンドメディア「となりのカインズさん」の編集長として活躍中。
となりのカインズさん:https://magazine.cainz.com/
X:@kazufumi478
目次
与那覇さんについて
本日はよろしくお願いいたします。与那覇さんは沖縄出身なんですよね?いつごろ上京されたのですか
18歳の時にお笑い芸人になりたくて、沖縄から上京しました。上京後はディズニーランドでキャストをしながら、空いた時間に芸人としてネタを書いたり、漫才を披露したりするという生活をしばらく続けていました。
芸人さん志望だったんですね。それからどのような経緯を経て、カインズさんに入社されたのですか?
芸人活動を始めて2年ほど経った20歳前後のころ、このまま芸人を続けていくのは厳しいと感じるようになって、新しい道を模索し始めました。ディズニーランドでは蒸気船マークトゥエイン号のキャストをしていたのですが、キャストをしていく中で東京ディズニーリゾートの経営戦略に興味を持ったことも、キャリアチェンジをした理由のひとつでした。
それで、経営学やマーケティングが学べる夜間の短期大学に通い始めたんです。
短大卒業後は、本が好きだったこともあり、美術系出版社に入社して4~5年間広告営業に携わりました。26歳の時に、株式会社キュービックというデジタルメディア事業などを展開する会社に転職。その後、体験型ギフトを扱うソウ・エクスペリエンス株式会社に入社して、EC運営やWebマーケティングに携わりました。
2021年にカインズに入社して、2023年からオウンドメディア「となりのカインズさん」の編集長をしています。
「となりのカインズさん」に関わるようになったきっかけを教えていただけますか?
前職でD2Cに近い形でECを運営するなかで、競合他社と差別化を図り、独自の戦略を打ち出す仕事に興味が湧いてきました。
そんなときXで「となりのカインズさん」がバズっているのを見つけ、「とんでもないメディアが出てきたな」と衝撃を受けたんです。たまたま求人募集していたので興味本位で話を聞きに行って、ご縁をいただいて「となりのカインズさん」の編集メンバーとして入社しました。

編集長の仕事はコンテンツの優先順位づけ
編集長として具体的にどのような仕事をされていますか?
メディア運営に関わることはなんでもやっていますね。ただ、その中でもいちばん大きな仕事は掲載するコンテンツの優先順位づけだと思っています。
いろいろな部署から企画や記事化の相談をもらいますが、すべてに対応するとリソースが足りなくなってしまいます。なので、会社として今いちばん求められているのはなにか、読者が求めているコンテンツは何かを見極めることを常に意識しています。
他部署の方からはどのような相談があるのですか?
例えば社内全体で動いている季節に連動したイベントや新商品に関する記事の依頼をいただくことが多いです。
なるほど、記事のネタがたくさん舞い込んでくるので、それを順次裁いていくという感じですね。
一部ではそうですね。
私は、記事の種類には、会社から求められる記事と、編集者のフェチを思う存分表現する記事の2種類があると考えていて、両者のバランスを大切にしています。どちらか一方だけに偏ってしまうと、オウンドメディアは生命力を失い、単なる情報のプラットフォームになってしまうと思うんです。
また、カインズでは、くらし全体をDIYと捉える「くらしDIY」という言葉を大切にしています。となりのカインズさんもDIY精神を大切に、手作り感のあるメディア運営を心がけたいですね。
「となりのカインズさん」のコンセプトと立ち上げの経緯
「となりのカインズさん」の特徴を一言で表すと、どんなメディアですか?
「となりのカインズさん」が掲げているコンセプトは、「ホームセンターを遊び倒すメディア」です。記事作成時には必ずこのコンセプトからズレていないかを意識しています。
なるほど。そもそもカインズさんがオウンドメディアを立ち上げた理由について教えていただけますか?
「デジタル戦略を強化するため」という側面もありますが、カインズに蓄積されたマニアックな知識を発信するツールとして、オウンドメディアが必要だったんです。
社内にはお客様にとっても有益でおもしろい情報がたくさんあるのに、それまであまり活かしきれていませんでした。そこで、「オウンドメディアを通じて社外に情報発信すればファンを増やせるのではないか?」ということで、「となりのカインズさん」が立ち上がったんです。
ちなみに“カインズさん”は、カインズのメンバー、お客様、カインズと世界観を共創するお取引メーカー各社様、カインズを使ってDIYを実践するユーザーなど、カインズに関係するあらゆる人たちを表現しています。
店舗のスタッフさんだけでなく、お取引先さんもマニアックな情報をご存じの方多そうですね。
そうなんです。一つひとつの商品にたくさんの開発エピソードがあるので、各メーカーさんに取材すれば、おもしろい話を伺えます。
最近は、緑色の「トンボじょうろ」についての取材記事をリリースしました。50年近く色やデザインが変わらない理由や、開発のこだわりなどについて詳しくお話を伺ったので、この記事を読めばロングセラーの秘密がわかると思います。

企画・記事作成で重視しているのは熱量の高さ
記事の作成プロセスを教えていただけますか?
週1回の企画会議で、集まったネタ案のなかから実施するものとボツにするものに振り分けます。実施するものは、順次アポ取りから執筆まで進めてもらい、できあがった記事を公開するというのが大まかな流れになります。
ネタ案は、編集者が会議当日までにスプレッドシートに記載します。シートには歴代のネタ案が1,000件近く記載されていて、そこには外部ライターさんから案出ししてもらった企画も含まれています。
月に何本などの公開記事数や、公開スケジュールを決めていますか?
「1日1本新規公開」を目標としています。記事の公開スケジュールもある程度決めていて、ストックのなかから順に公開しています。編集長としては、毎月15日の時点で翌月10日ぐらいまでのストックがあれば安心かなという感じですね。
「となりのカインズさん」の記事は熱量が高いのが印象的です。企画や記事作成のポイントを教えていただけますか?
目の前の数字に振り回されず、自社ならではの魅力を伝えられる内容かどうかを強く意識しています。もうひとつ、企画会議では、編集者がその企画をやらなければならないと義務感から出しているのか、本当に興味関心があって出しているのかを見極めています。
本人が心底やりたい企画では、説明に熱がこもりますし、できあがった原稿にもそれが表れます。たのしんで作った記事は読者からの反応がよい傾向にあるので、文章力や表現力以上に、その分野がどれだけ好きかを重視しています。
文章の巧さも必要ですが、それ以上に書き手の熱意が大切なんですね。
たとえ「てにをは」がおかしくても、熱量が高ければこの人は本当にこれが好きで、これを伝えたくて書いているんだろうなっていう気持ちが伝わると思います。
とはいえ、先ほど企画会議でボツにするネタもあるとお話ししましたが、じつは私は、あまりボツにしたことはないんです。もちろん、誰かを傷つけるものやコンプライアンスに違反しているものは通せませんが、ネタ案の段階でボツにすることは極力避けています。
それはなぜですか?
最初は企画に対する熱量が低くても、調べていくうちにどんどんたのしくなって、かなり熱量の高い記事に仕上がることがよくあるんです。なので、ネタ案の時点ではねのけるのは、ちょっと違うかなと思っています。
メディアのコンテンツ作成だけでなく、プロジェクトやマーケティング施策など、ビジネスにもつながるお話ですね。
そうですね。個人的には、企画段階で編集者の興味関心がそこまで強くなくても、1回走らせてみるのはありかなと思っています。
商品の認知拡大にもメディア記事が貢献
「となりのカインズさん」は、認知拡大を目的とした施策にもコンテンツを活用されているんですよね?
そうですね。そのきっかけとなった例を挙げると、ワイン関連の記事をリリースした際、「カインズでワインを扱っていることを知らなかった」という声が寄せられました。
たいへん失礼ながら、私も知りませんでした。
カインズでは、PB(プライベートブランド)のワイン「RICORICO(リコリコ)」をはじめ、国産から海外のワインまで幅広く取り扱っているんですよ。昨年末には、798円(2024年12月現在)のワイン9種類を、ソムリエ資格を持つライターがテイスティングして、ペアリングにおすすめのおつまみやアレンジレシピを紹介する記事を公開しました。
こちらも反応がよかったので、お客様の声を関連部署に共有して、売上につながる施策に使えないかと検討しています。
記事に対する反応があると、「それをもとに認知を広げる施策を打ってみよう!」といった戦略を立てられますね。
おっしゃるとおりです。つい最近は、2月22日の猫の日にちなみ、「となりのにゃINZさん」と名称変更して、猫関連の記事に注力しました。それを見た読者から、「猫のアイテムやおもちゃがこんなにたくさんあるなんて知らなかった」という声が多数寄せられています。
こんなふうに、「記事をきっかけに気づいた」という事例がいろいろなジャンルで多発しています。もちろんメディアだけの力ではないですが、まず認知がないと購買にはつながらないので、いかにして届けるかは常に意識しています。
記事の成果、売上につながった事例は?
記事の公開後、商品の売上が180%増になった事例があると伺いました。それはどんな施策だったのですか?
コクヨさんの事例で、2022年に『コクヨのテープのり「ドットライナー」はなぜ20種類以上もあるのか?その理由を説明させて欲しい』という記事を公開しました。
これに合わせて、カインズの実店舗に連動する売り場を設置したんです。後日、記事公開前後約1~2週間のPOSデータを検証したところ、相乗効果で「ドットライナー」の売上がグッと伸びていました。
それはすごいですね!では、他に数多ある商品紹介記事のなかで、売上に大きく貢献した事例を教えていただけますか?
最近の例だと、防草砂の記事が該当します。『撒くだけで防草できる人工砂』という商品を紹介した記事がかなり大きな反響を得て、売上にも大きく貢献しました。
逆に、想定外の結果だったという事例はありますか?
「間違いなく好反応が得られるはず」と自信を持って公開した記事が、期待ほど反響を得られなかったケースは数多くあります。毎日コンスタントに記事を更新していても、すべての記事が高い注目を集めるわけではありません。
記事に熱を込めて数をこなしてようやく一部が成功を獲得できる、ということなのですね。
話題性の高い記事を生み出すためには、量を確保することも重要な要素だと考えています。私たちもそのゴールに向けて、着実に記事を発信し続ける姿勢を大切にしています。

ほかにも、記事公開によって購入層が変わったケースがあるそうですね。こちらの内容も教えていただけますか?
「となりのカインズさん」には「社員が自腹で買った名作10選」のようなシリーズ記事がいくつかあって、数年前に商品購入者の年齢層を調べたことがあったんです。その結果、カインズの購買層は50~60代がメインなのに対し、その記事のターゲットである30~40代が多く購入していたことがわかりました。
「自腹で購入」というリアリティのある記事だからこそ、本当によい商品が紹介されていると読者に伝わったのかもしれませんね。
自腹シリーズは、カインズに社割がないことを逆手にとった企画なんです。当社の弱みを強みに変えた好事例だと思っています。
他部署との日々のコミュニケーションで旬の情報を集める
他部署の方と連携される機会が多そうですが、社内ではどのような方法で「となりのカインズさん」で得た情報を共有したり、旬のネタを掴んだりしているんですか?
毎月、全従業員が見られるイントラネット上に、「となりのカインズさん」でよく読まれた記事と編集部のおすすめ記事をアップしています。それを見た他部署の人から、感想や相談をいただくこともあります。
アンケートデータやお客様の声などについても、各部のミーティングなどで該当の項目をピックアップして報告しています。
また旬の情報は、編集者が社内の他部署スタッフとの取材時に、『最近どんな商品が人気ですか?』といった何気ない会話から収集することが多いです。このように草の根的に集められた情報は、編集会議で共有するようにしています。
実店舗の売り場との連動は、どのようにされているのですか?
売り場を企画するチームから記事制作の依頼を受け、記事内容と実際の売り場展開を連動させるケースと、各店舗が独自の判断で公開済みの記事を抜粋してPOPを作成するケースのがあります。
カインズさんは店舗数が多いので、そういうケースもあるのですね。
数字はフィードバックしない方が面白いコンテンツが生まれることが多い
先ほど、目の前の数字に振り回されないようにしていると伺いましたが、記事作成時にデータを活用することはありますか?
データは定量と定性どちらも取得していますが、編集会議では「PVの多寡」を理由に判断することはしていません。
もちろん私自身は、編集長としてPV数や読了率、ECサイトへの送客数、商品売上の変化、SNSの反応などをチェックしていますが、編集者には基本的にマイナス面でのフィードバックしていないんです。
これは、目の前の数字だけに最適化しすぎると、従来の枠を超えた発想が生まれにくくなると考えているからです。
編集者がデータを気にせずに出した企画のほうが圧倒的におもしろいケースが多いので、興味関心の赴くままネタ案を挙げるようにとお願いしています。
でも、これは数字が取れそうなテーマ・企画だからメディアでやろう、と考えることはないですか?
確かに悩ましいですね。メディアの編集長や運営責任者は数字を意識するのはいいと思うんですが、そこをできるだけ他の人に感じさせないようにするのも大事だなと。
なので「数字を気にするのは編集長の仕事、編集者は好きなことをとことん追求してね」というスタンスでいたほうが、成果を得やすいと思います。
上は数字を意識するけれど、実際に記事を作る方にはある程度自由に動いてもらう。メディア運営では、データとコンテンツのバランスを考えることが大切なんですね。
コンテンツをどのように評価するかの基準も大切だと思っています。私はたとえPVが少ない記事でも、読者アンケートにたくさんコメントをいただいている場合、それは数字以上に価値がある記事だと判断しています。
商品紹介記事で工夫している2つのこと
オウンドメディアのよさは商品を売り込まなくても売れることですよね。それを実現するために、どのような工夫をされていますか?
ひとつは、商品そのものよりも体験をどう伝えるかを重視すること。できるだけ一次情報にこだわり、レビューした人の声がちゃんと伝わるように心がけています。
もうひとつは、商品紹介記事だけに限りませんが、「そこまでやるんだ」とか、「こんな切り口で紹介するんだ」という遊び心も重視している点です。編集者がコンテンツと向き合うときに「たのしい」という気持ちがないと、いいコンテンツは生まれません。心の余裕が、遊び心のある企画の発案につながると思います。
データだけでは測れない感覚や創造性をメディアに活かす秘訣は、心の余裕や遊び心なんですね。もうひとつ質問ですが、「となりのカインズさん」を続けていくうえで、掲げている目標はありますか?
ずばり、カインズファンの拡大です。カインズを知らない人にカインズを好きになってもらう、カインズを知っている人にはカインズをもっと好きになってもらう。この2つが究極の目標ですね。

与那覇さん流、メディア運営のモチベーションの保ち方
EC事業者さんが売上につながるオウンドメディアを作るために、重要だと思うポイントを教えてください。
オウンドメディア単独で売上を上げるのは難しいので、「社内外のさまざまな方にご協力いただきながらメディアを作る」という意識を持つことが重要です。
記事がバズっても商品の在庫が0なら、売上が立たないばかりかクレームやファン離れにつながります。長い目で見ると、関連部署などと適宜連携してメディア運営したほうが、長期的に愛されるメディアを作れると思います。
メディア運営では必ずしも成功するとは限らず、落ち込むこともあると思います。与那覇さん流のモチベーションを保ち続けるコツはありますか?
誰のために、なんのために運営しているかを忘れないことですね。目的がハッキリしていれば、モチベーションを保てると思います。
それから、読者からよい感想が届いた、社内の人からコンテンツを褒められたなど、些細な成功体験に喜びを見出すことも大切です。
私自身は、「毎日カインズに行っているのにこの商品を知らなかった」「記事を見て購入したらとてもよかった」という声が、やりがいにつながっています。「となりのカインズさん」がなければ機会損失していたかもしれないので、「もっとがんばろう!」とやる気が湧いてきますよ。
これからメディアを立ち上げる方に成功の秘訣を伝授するなら、どのようなアドバイスが考えられますか?
「となりのカインズさん」は、「オウンドメディア=オワコン」といわれていた時代に生まれたメディアです。それなのに支持を得られたのは、コンテンツの本質的なおもしろさもさることながら、書き手の商品やブランドへの想いが強かったからだと考えています。
カインズではまだまだ認知を獲得できていない層がたくさんあるので、数字に振り回されずに、自社ならではの魅力を追求して熱量の高い記事を発信していきたいと思います。
同じように、どのEC事業者さんにも自社だけの魅力は絶対にあるはずなので、それを探し、強みを発信し続けることが、結果を出すうえでの必要条件になってくるのかなと思います。
深いお言葉ですね。最後に、全EC事業者さんに向けてエールをいただけますか?
ECサイトがメディア運営をする中で大切なのは、そこでなにを実現したいのか。
運営するなかでやりたいことが次々と湧き出てきたり方向性に迷ったりすることもあると思いますが、軸をぶらさずに、たのしみながらやり続けてほしいと思います。
困難に遭遇しても、「新しい世界に踏み出しているんだ」と前向きに捉えてひとつずつ乗り越えていけば、メディアもチームも成長していきます。ぜひ、オウンドメディアの運営をたのしんでくださいね。
与那覇さん、ありがとうございました!