目次
まずはこちらの「もんぺ」のムービーをご覧ください
福岡県の伝統工芸「久留米絣(くるめかすり)」。経糸(たていと)と緯糸(よこいと)をくくって染めあげることで生まれるパターンは、実に多種多様。工房ごとで個性が大きく異なります。
そんな久留米絣を使ったうなぎの寝床 のオリジナルもんぺは、昔ながらのもんぺと比べるとスッキリとしたシルエットで履き心地も抜群。「現代風もんぺ」として全国に広がりをみせています。
STAR WARSコラボ 久留米絣の法被&もんぺが生まれるまで
昨年末はSTAR WARSコラボの法被ともんぺを都内で展示されていましたね。どんな経緯でコラボすることになったのですか?
昨年の夏、広告代理店の人が「もんぺ、ずーーっと気になってたんです」って言って買いに来てくれたんですよ。「今、STARWARSの代理やっていて伝統工芸とのコラボの話がきてるんだけど、久留米絣でやってみませんか?」って言われて。
お店にいらっしゃったのですね!
そうそう。話を聞いて直感的に「どーなるかわからないけどやってみたい」と思って引き受けました。
どんなふうに作られたんですか?
うちのディレクションで、ふだん取引してる久留米絣の織元さんにパターンの入った絣を作ってもらい、縫製工場に法被ともんぺを仕立ててもらいました。
久留米絣の入口としてスタートした「もんぺ博覧会」
そもそも白水さんがもんぺを販売するきっかけは、なんだったんですか。
僕の妻は伝統工芸館で働いていて、彼女の母の実家は藍染の織元なんですね。それで久留米絣というのは知っていたんですけど、実を言うとちょっと古臭いイメージというか「これ…ちょっとどうしようもないな」と思っとったんですよ。(笑)
なんとなく「絣」と聞くと、昭和のイメージがあります。
でもね実際工房を回ってみると、モダンな柄などもたくさんあってかなり可能性を感じたんですね。昭和のイメージだけではなく、絣も変わって来てるんだと。
それで、これなら履けそうだなぁと思って、久留米絣のもんぺを試しに2、3本買ってみたら、すごく履き心地が良くてビックリしたんですね。いろいろ調べていったら文化的背景もおもしろくって。使えば使うほど柔らかくなっていくし、言葉もおもしろいし、いろんな要素がある。
私も今もんぺを履いていますが、履き心地最高です。やめられません。
そうなんですよ。それで「いろんな人に履いてもらえる可能性があるんじゃないか?」って奥さんと話して「じゃあ、もんぺだけ集めた企画展をやってみようか?」ってなって「もんぺ博覧会」というのをやったんですよ。
おおお。
だいたいこういう展示とかって「伝統工芸久留米絣展」とか仰々しい名前じゃないですか。そうじゃなくて「もんぺ博覧会」って入口にしたら20,30代の人たちが「それちょっとわたしと縁がないわ」ってなるのを防げるんじゃないかなと思って。とりあえずなんかおもしろそうだから買ってもらう。そいで、履き心地がよくて、あ、これ久留米絣なんだね。っていう逆の流れで久留米絣を知ってもらえたほーがいいかなと。
1000本のもんぺがずらり。LOFT 渋谷店で「もんぺ博覧会」を開催するまで
最初の展示では、まだオリジナルのものを作ろう!というアイデアはなかったんですね。
そうです。丸亀織物さんがもともと10年前からもんぺを作っていて、そこのもんぺを並べさせてもらったんですよ。
なるほど。
お店を始めてから1年目の「もんぺ博覧会」はテレビとか新聞とか来てくれて、5日で2000人も来てくれたんですよ。結果200万円以上売れて、もうびっくり!
最初から「売ろう!」というつもりも、なかったのですね。
うん。想像以上に反響が大きくて、2年目には「買わなくてもいいから作りたい」というニーズをみつけて、もんぺの型紙も販売してみました。
そのあとはどんなふうに?
3年目のとき、さっきの型紙でつくったもんぺを展示しとったんです。縫製の都合で腰回りの布の量を減らしたスッキリとした形なんですけど。そしたら「このもんぺがが欲しい!」と注文が殺到して、それで生まれたのが細身なシルエットのもんぺなんです。
どんどん成長していったんですね。
それで次の年はうちの型紙で織元さんにもんぺを作ってもらったんですよ。協力してくれる織元さんもだいぶ増えました。そしたらまた5日で900万くらい売れて。卸しをしてほしい!とか商品開発してほしい!とか、東京でやってほしい!とか。いろんな問い合わせがくるようになって。
3年目4年目とますます声をかけられるようになったのですね!
そうなんですよ。卸しをしてほしいといわれたときに、織元さんも縫製までやって卸すというのは経験がなかったんで、うちが代わりに布を発注して買い取って縫製工場にお願いする生産体制を整えたんです。これがオリジナルもんぺのはじまりです。
そのあと東京の御徒町で、もんぺ博覧会やったんですね。そのときに渋谷LOFTのバイヤーさんたちが来てくれて「来年うちでやりませんか?」て声をかけてくれました。そういう流れで、渋谷で展示販売をすることになりました。
このイベントでも使われているもんぺの特設サイトの写真、とってもすてきですね。
ありがとうございます。
どなたか、九州のカメラマンさんにお願いしているのですか?
あ。実は僕が撮影したものです。
ええっ、すごく写真がお上手なんですね!
サイトの設計や動画のディレクション、写真撮影…広報的なところとか情報にまつわるところは、僕がいろいろやっています。
仕事と趣味は別腹?一番納得のいったプロジェクトは
個人の趣味と仕事は全てが一致しないこともありますよね。仕事は「伝われば良い」けど、趣味こそ「本気でやるべき」って考えです。だから撮影で食っていきたいとか写真集作りたいとかはないですね。
ご自身でこれまでに作品とか何か作られたことは…?
実は…自分がやりたいようにやって、一番納得のいったプロジェクトが1つあります。
写真とか本にまつわる展示ですか?
いや。5年前にやった「昔のお嬢様展」っていう…。
八女にある昭和の面影を残す土橋市場で、神社の境内の中にスナックとかがいっぱいあるんですよ。そのママたちが60代〜90代なんですね。その人たちに全盛期の写真を持ってきてもらって、それを等身大パネルにして展示したんですね。いちおう八女を盛り上げるための企画です。
意外性ある作品です(笑)
本来はこっちをやりたいんです。(笑) 夜も電気をつけっぱなしで、そしたら酔っ払った人たちがびっくりして。今見ても、かなりシュールですね。あいさつしていく人とかもいて(笑)超楽しかったですね。
病気を治す医者のように、課題を解決する仕事をしたい。
白水さんがこれからやっていきたいことは、なんでしょう?
実は今もんぺ以外にも、冊子や動画の制作、ブランディングデザインなど、いろいろな活動をしています。
都会には製品が出回っているのに、それを説明できる人がいない。地元には製品がない。それって作り手さんの想いが届いてなくてもったいないじゃないですか。だったら、もっと作り手さんのそばに僕たちみたいなのがいたら、作り手さんの想いを使い手さんに届けやすくなるし、いいサイクルを作れて、地域の課題を解決できるんじゃないかなあって考えているんです。どんどんその活動を大きくしていきたいです。
実は、僕の父は開業医なんですね。弟も医者で。それで…なんとなく勝手に思っているのですが、うちは「治す家系」なんじゃないかなあと。
治す家系…?
医者は人間の病を治して健康にするように、僕は地域とかの課題を治したい。どうやら「何を」治すかじゃなくて「治す」というところに関心があるみたいです。
もんぺだけをずっと売り続けたいとかそういうのではないんですか?
そうです。地域の作り手さんの抱えるいろいろな課題を解決していきたいだけ。目標とかなくて、どっちかっていうと積み上げ式なんでね。
そうですね、あと興味のあることとして、本のWEBメディアを作れたらなあと思っています。
本って、個人の見解と情報のリンクがおもしろいと思っています。たとえば、亡くなってしまった深瀬昌久さんの猫の写真集とか、これね、すごいんですよ。みんな写真家なんですよ。印刷してるところも写真の製版所でしょう、発行所も写真家がやってる発行元でしょう、翻訳してる人まで写真家なんですよ。すごい愛のある本で。
ちょっぴり変わった本の楽しみ方ですね。すごいWEB的な読み方というか。
そうそう。本の中のこういう情報がリンクするおもしろさをメディアで出していけたらなあと思っていて、蔵書をアーカイブしながら発信していくやり方を模索中です。
本のWEBメディア、新しいものになりそうな気配です…!うなぎの寝床さんの今後の活動、とっても楽しみにしています!