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  • 2016年1月21日 元アーティスト志望のTシャツショップ店長が手に入れた安定の先に、今思うこととは?(「P&M」店長菊竹進さんインタビュー後編)

元アーティスト志望のTシャツショップ店長が手に入れた安定の先に、今思うこととは?(「P&M」店長菊竹進さんインタビュー後編)

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吉祥寺でデザインをその場でプリントしてくれるお店を経営しながら、3つのネットショップを切り盛りしている「P&M」オーナーの菊田進さん。強豪ひしめくTシャツのネット販売の中で生き抜く強さの秘訣をお聞きするつもりが、思いもよらないほどの濃さを持った「夢と苦悩と試行錯誤を繰り返した菊竹さんの波瀾万丈な人生」のお話を聞くこととなってしまいました。
前編の軽トラ生活・借金地獄・お笑い芸人…のその先になにが待ち構えていたのか。後編です。

Tシャツを本業に。リアルイベント出店を皮切りに大躍進!

上京してからも、4年近くはゲームの仕事を普段はしながら、休みの日はTシャツデザインを作っていました。あとはデザインフェスタに出店したりだとか、サイトの更新だとかプライベートな時間は全部Tシャツデザインにあてました

じゃあネット販売はずっと続けていたんですか?

菊竹 はい、続けてました。始めの頃はホームページにデザインを載せて、注文はメールでいただくという方法をとっていました。

菊竹 上京して1年、その頃は子供が小さかったのもあって、1年ぐらい何もできなかったんです。育児の方に手がかかって、精神的にも参ってしまった時期で。

せっかく憧れの東京に出てきたのに1年間なんにもできなかった・・・ってヘコんでたところに、Tシャツビジネス塾っていうセミナーに参加しました。

ただ、僕セミナーに行くっていう行為にすごく抵抗があって。なんで俺のように才能のある人間が誰かに何かを教わるんだ!って。

・・・でも、実際には何もできていないヤツっていう(苦笑)だから当時は藁にもすがる思いで参加しました。そこで東京にあるインディーズのTシャツイベントの存在を知って、積極的に参加するようになりました。

とくに、2回目の 2008年にデザインフェスタに出店した時、反響がすごく良かったんです。人だかりができて、お会計待ちの行列ができて・・・ホレ見たことか!と。置くとこ置けば売れるじゃん!と。もっと早く出てくれば良かったと思いました。

それで、僕のお店を見ていた渋谷のアパレルセレクトショップさんが「取り扱いをさせて欲しい」と言ってくださって、2009年には店頭に僕のTシャツが並んだんです。そこでもたくさん売っていただいて。

そのお店では時事ネタですか?

菊竹 いや、パロディものを売ってました。にわかギャルソンがよく出てましたね。本当にすごい数を売ってもらいました。

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デザインフェスタでそんなチャンスがあるんですね。

菊竹 イベントに出たら、本当にいろんなところから声を掛けていただくようになりました。だから頑張ってイベントに出していれば、何かしらチャンスはあると思うんです。

吉祥寺で始めた偶然出会った路上販売で大当たり!

そして、そこからは順調に現在に至るんですか。

菊竹 いえ、渋谷のお店でかなりの枚数が売れていましたし、集客も見込めていたし、これならネットでも売れるんじゃないかなって思ってたんですが、でも甘い考えでした。それで、どうしようと考えて、吉祥寺のおみやげになるTシャツを作ろうと思いまして。

もう路上販売しようと思って。場所によってはみかじめ料を払えって怖い人が来る路上販売ですが、吉祥寺って夜が自由で、ギター弾いてる人もいれば、パンを売ってる人もいたりして、すごく雰囲気が良いなって思ったんです。

売る場所はすぐに見つかったんですか?

菊竹 それが全然見つからなくて。で、困って困って、どうにもならなかったんです。行き詰まって、気晴らしに普段なら絶対行かない美術館に足を伸ばしてみようと思って、その時やっていた棟方志功の作品に癒やされたんです。

見終わってしみじみしながら出口に向かったら、そこで吉祥寺のタウン誌をもらったんです。それで裏を見てみたら、駅前の服飾系専門学校があって「その横にあるガラスの壁面を使いませんか?」っていう広告があったんです。これは!と思ってすぐ申し込み、販売をすることができるようになりました。

菊竹 売れる時は2日で10万円ぐらい売れました。1枚3,400円位なので30枚くらいですよね。

すごいですね!

テレビ取材・渋谷への出店、そして震災が起こった。

菊竹 そうこうしてるうちに、渋谷のセレクトショップから連絡が来て、「お店を閉めることになった。もしお店やりたかったら菊竹君、いいよ」と。断る理由がなかったんですよね。

その頃、大阪の読売テレビから時事ネタの取材が来て、良い波が来てる!これからだ!と思ってたんです。そしたらその翌日に東日本大震災が起きました。

あの時だったんですね。私たちの働いている渋谷も街全体が停止して、節電もあったし、テレビの放送とか人の動きとか、とにかくいろんなものが止まりましたよね

菊竹 そうですね。娘の知育玩具で日本列島のパズルがあって、それをぼーっと眺めながら、日本が一丸となって復興につながればいいなと思ったんです。それで47都道府県が日の丸になっているというデザインを思いついたんです。

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菊竹 テレビにも取り上げていただいて、かなり売れたんです。おかげで被災地への寄付もすることができました。

それでもアーティストになりたい。波瀾万丈な人生は続く

そして現在につながるんですね。今は落ち着かれていますか?

そうですね。でも僕はまだ美術は諦めてないんです。数年前に藝大も受けましたし。

!!まだ挑戦されるんですね!

菊竹 東京藝術大学というと、日本でトップの美術大学ですよね。ぜひ受けてみたいっていうのは福岡時代からの夢だったんです。落ちましたけど、自分が高校の時に受験できなかったっていうのがコンプレックスだったので、その部分は叶えることができました。

これからも菊竹さんの波乱万丈な人生は続きそうですね。それでは、最後に、菊竹さんにとってネットショップとは何かをお聞かせください。

ありきたりですが、作品を発表する場所です。今でこそネットに作品をあげれば全国の人に見ていただけますが、アートをやっていた頃はギャラリー借りたり、作品展に応募したり・・・それでも見てくれるのは近所の人たちだけでした。でも今は良い物を作り続けていれば、いつかは拡散されるチャンスがある。僕は売れるまで、良い物を作り続けるだけ。本当にネットショップ様々です。

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まだまだ、たくさん掘り出せそうな菊竹さんの人生ですが…これからも楽しみに応援しています!今日はありがとうございました。

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